〈side 蓮羅〉
「私・・・」
静かに口を開いた真空ちゃんの声に耳を澄ました。
これから大切な話があるらしい。
僕もみんなも、真空ちゃんを見つめて次の言葉を待っていた。
「・・・引っ越すんだ」
「・・・え・・・?」
・・・なんて?
引っ越すんだ?
・・・真空ちゃんが?
引っ越す?
こんな中途半端な時期に・・・どこに?なんで?
その一言で数えきれない質問が出てくる。
だめだ・・・まずは真空ちゃんの話を聞かなきゃ・・・。
そう思いながらそっと目だけでみんなを見渡すと。
                                                                
氷空くんは知っていたのか、俯いてる。
                                                                
心珠くんは絶望したかのように明後日の方向を見つめていた。
                                                             
琴李くんは困惑したように真空ちゃんを見る。 
                                                                  
そして葵厘くんは──クールな顔からは想像できないほどの怒りを浮かべていた。 
                                                                 
みんな、呆然としている。
僕も・・・例外じゃない。
思わず下唇をぎゅっと噛む。
この感情は・・・悲しい?
つらい?
苦しい?
・・・悔しい?
なんで悔しいの?
それは・・・氷空くんの想い人が真空ちゃんだから?
大切な友達で、大切な仲間の好きな人が・・・いなくなるから?
氷空くんがショックを受けるのが見ていられない?
                                                               
──違う。
                                                                
僕が・・・僕自身が、真空ちゃんとの別れを惜しんでるから・・・。
真空は知り合ってまだ少し。
クラスと部活は同じだけど、まだなんでも話せるような、『親友』にはなれていない。
真空ちゃんに対して・・・まだたくさん、未練が残っているんだ。
                                                                 
一緒にカフェに行きたいな。
                                                                 
動画作成部のみんなで旅行とか、楽しそう。
                                                               
その旅行で布団を並べて枕投げもいいね。
                                                                
だれが真空ちゃんの隣で寝るか決めて・・・。
                                                               
僕が勝てたら寝ずに真空ちゃんの寝顔を見つめていたいなぁ。
                                                                 
あぁ・・・楽しそうなことばかり。
まだ修学旅行も、キャンプも、体育祭も、文化祭も・・・あとは卒業式とかもあるね。
それがまだ・・・なに1つ、出来てない。
「両親がココにも飽きたって・・・だから言ったところのないところに引っ越そうって・・・」
・・・そんな理由で真空ちゃんから僕たちを・・・俺を、遠ざけるの?
ふざけるな・・・。
口調が変わっている自覚はある。
一人称も、変わっている。
でもしょうがないじゃないか・・・こんな理不尽なこと、あっていいはずがないっ・・・。
「わた、私っ・・・まだみんなといたかった・・・!大好きなみんなと・・・っ卒業式で笑い合いたかった!なのに・・・なのにぃ・・・!!」
ぽろぽろと涙を大きな目から零し、布団に顔をうずめる真空ちゃん。
こんなとき、なんて声を掛ければいい?
真空ちゃんに・・・なんて言うのが正解なのか、まったくわからない。
『離れてても、ずっと友達だよ』
これは・・・漫画とかアニメとかで鉄板のセリフだけど・・・違うだろっ・・・!
離れてても・・・なんて、言いたくない。
だって俺はっ・・・!
真空ちゃんと、いたい・・・っ。
せめて一貫校だから受験して、大学まで・・・大学の卒業式までは一緒にいたい。
職場が違っても、たまに会って話したい。
それすら・・・叶わないの?
神様は・・・真空ちゃんには・・・俺には、微笑んでくれなかったんだ・・・。
──泣きたい。
なんで俺が真空ちゃんと離れたくないって思うかは、まだよくわからない。
でも、なんとなく『仲間だから~』ってわけでもないと思うんだ。
                                                                    
気付いてたよ。
                                                               
「真空ちゃん・・・僕は・・・。・・・真空ちゃんは、引っ越しに反対した?」
僕、と言うように意識しながら真空ちゃんに問いかける。
「もちろん・・・!!」
大きくうなずいた後、真空ちゃんはまた布団に顔をうずめた。
「でも無理だった・・・。大きな声で反対できないほど・・・私も、みんなに対する私の気持ちも・・・弱かったんだ・・・」
「そんなことない。真空ちゃんと離れるのは嫌だけど・・・真空ちゃんは反対してくれたって事実があるだけで、僕は嬉しい」
これは本心だよ、真空ちゃん。
嫌だ。
離れるのも、真空ちゃんの記憶から僕が消える日が来るのも。
でもね、真空ちゃん。
僕は・・・嬉しい。
                                                                      
気付いてたよ。
                                                                    
「蓮羅くん・・・ごめんね・・・」
小さく、今にも消えてしまいそうなほどか細い声だったけど、しっかり僕の耳には届いた。
「・・・謝られたらもっと離れたくなくなっちゃうでしょ。もう謝るのはおしまいね。・・・ね、いつ引っ越すの?」
「・・・半年後・・・」
「じゃあ半年!半年で、真空ちゃんのしたいこと全部やろう!学校も半年くらい休んでいいし、心珠くんの権力だったら行事を早めることもできるよねっ?」
「あ、あぁ・・・できるが・・・」
「れ、蓮羅くん・・・行事を早めるのはいいよ・・・でも・・・やりたいこと、大好きなみんなでたくさんやりたい・・・。半年あれば、きっとできる・・・」
布団から顔を話し、ぎこちなくニコリと笑った真空ちゃんに安心した。
・・・笑って、くれた。
                                                                
気付いてたよ。
                                                                 
さっき『よくわからない』って言ったけど・・・。
                                                                 
ホントはわかってるんだ。
                                                                     
僕が真空ちゃんと離れたくないって思うのは・・・きっと・・・。
                                                                     
きっと、僕が真空ちゃんのことを好きになったからだ。