私は1週間に1回土曜日、実家に帰るようにしている。
掃除をしたり、氷空くんの家に持っていけなかった本を読んだり。
今日もお昼ご飯を食べてから家に行ったいた。
そこでだ、とっても嫌な予感・・・そして、寒気を覚えたのは。
                                                                   
敷地に入る。
                                                                      
嫌な予感がする。
                                                                     
鍵を開け、ドアに手をかける。
                                                                       
嫌な予感がする。
                                                                         
ドアを開けて、下を見る。
                                                                   
・・・嫌な予感が当たる。
                                                                            
整頓されて、先週まで1つも靴がなかった広めの玄関には見慣れない男女の靴が1足ずつ。
どちらも大人の大きさで、男性用とみられる靴は堅くて高そうな革の靴。
女性用とみられる靴は、茶色がかった黒のハイヒール。
家の中に入れて、鍵が閉められて、靴を堂々とおいておけるのはあの人たちしかいない。
私の人生を狂わせた、人。
それは──。
「あぁ、久しぶりだな」
「あら、帰ってきたわね!」
リビングに入った途端、目に入ったのはソファで並んでくつろぐ男女。
「・・・っ、帰って、来たんですね」
・・・お父さん、お母さん。
「えぇ、ちょうど今日飛行機で帰ってきたのよ」
ふふふと優雅に笑うお母さん。
「真空が元気にやっているか気になってなぁ」
そのお母さんの肩を抱いて朗らかに笑うお父さん。
「・・・元気に、やっていますよ」
「そのようね。よかったわ」
「不自由してないかなぁと思ってな」
・・・お父さんとお母さんがいたほうが不自由なんですよ。
そんなこと言えるはずもなく、お母さんに叩き込まれた『淑女の笑み』というらしいものを浮かべる。
「美人になったなぁ」
「さすが私の子供ね」
「お父さんとお母さんの子供に生まれることができてよかったです」
その笑顔の裏で私が『いくら親は選べないっていってもこの親はひどくない?』と思っているなんて知らないんだろうけど。
「それで・・・」
私は2人にニッコリ笑いかける。
「どうされました?なにかありましたか?」
「「・・・」」
私含め、3人の間に重い沈黙が続く。
そして、最初に口を開いたのはお父さんだった。
「私の娘なだけあるな。さすがとしか言いようのない洞察力だ」
「お褒め頂き光栄です」
「それでな・・・引っ越そうと思うんだ」
「・・・はい?」
引っ越す?・・・なんで急に?
仕事・・・ではないよね。
だって海外に行って遊んでばかりのこの人たちに異動どころか仕事なんて・・・。
「理由をお聞かせ願えますか?」
「なぁに、真剣な理由じゃないさ。ただ、ここらへんにも飽きたし、お母さんと話し合って言ったことのないところに引っ越してしまおう、ってね」
「・・・ですが、私はまだ学校がありますし、学校のご友人が」
「・・・真空?」
お母さんの圧が掛かった声にさえぎられ、口を噤む。
「いいだろう?きっと楽しいさ。住めば都、って知ってるだろう?」
「えぇ、もちろんです」
「それと同じさ。さ、準備をしなきゃな」
「・・・はい。では、いつ頃に?」
「結構時間はあるぞ。半年後ぐらいでいいと思っている。それまで私はお母さんとフィンランドに行ってくる」
「・・・そうですか。心の準備もかねて、学校のご友人に挨拶しておきます」
「あぁ、そうしてくれ。じゃあ行くな」
「あ、どこに引っ越すかは決まっているのですか?」
「あぁ、決まってるさ。・・・えっとなぁ・・・佐賀、だな」
佐賀県・・・九州だ。
ここは埼玉県。
遠い・・・これは2人が私から学校や友達を遠ざけているとしか思えない・・・。
そんな考えが頭をよぎり、邪念を振り切るように心の中で頭を振る。
もう次の旅行の準備が出来ているのか、キャリーケースをもってお母さんと家を出て行ったお父さんを見送った。。
どうしよう・・・引っ越しなんて、嫌だ。
今日は掃除する気にも読書する気にもなれず、氷空くんの家に帰った。
「おかえりなさい、真空ちゃん」
私に気づいて声を掛けてくれる氷空くんママ。
「真空、やっと帰ってきてくれた」
氷空くんママの声が聞こえたのか、部屋から出てきて微笑む氷空くん。
                                                                       
いいなぁ・・・。
こんな温かい家族が欲しかった。
家を出る時には『いってらっしゃい』って見送ってくれて。
帰ってきたときには『お帰りなさい』って出迎えてくれて。
敬語なんて使わず思うままに家族と話しをすることができて。
あぁ、なんていい家族だろう。
氷空くんの家と、自分の家を比べて思わず涙が出てきた。
「っ、真空?どうしたの?なにかあった・・・?」
心配そうなまなざしで顔を覗き込んでくる氷空くん。
「あ、氷空ちゃん!真空ちゃんのこと泣かしたの?!レディは愛するためにいるのよ!」
私が泣いていることに気づき、氷空くんを怒ている氷空くんママ。
優しい家族。
理想の家庭。
本当の愛情。
この3つがそろっていれば、私は満足していたと思う。
でもその3つがそろわないからこそ・・・私は孤独を感じていた。
学校では明るく。
友達にはニコニコ。
先生には礼儀正しく。
1人の時は・・・表情なんていらない。
「大丈夫・・・?ホント、なにがあったの?俺に話せなければ母さんにでもいいから」
気遣ってくれているのが分かる。
でもそれは・・・今、私を余計に苦しめた。
「ごめん、なさいっ・・・」
自分でもなんで謝ってるのかは分からない。
どこに謝る理由があるのかも分からない。
でも、なぜか謝らずにはいられなかった。