〈side 葵厘〉
監禁(未遂)事件はあっけなく終わり、自分を監禁しかけた相手と2人という危機感のない真空と映画へ。
ちなみに眼鏡はちゃんとしています。
ラブストーリーだっけ・・・。
いいよな、小説とか漫画とか映画とかさ?
ロマンティックな出会いに、ハプニングもあるけど最終的にはヒーローとヒロインがくっついて。
現実味の全然ない話で。
その物語のヒロインは絶対に俺にとって真空だから、ヒーローになれたらいいよな──・・・なんて。
ショッピングモールの中に入っている映画館の受付に行って1番立場が上っぽい男に話しかける。
「・・・あの、蒼鷺 葵厘です。1番大きい部屋を貸し切りにしてもらいたいんですけど可能ですか?」
「?!」
いきなり話しかけられた男は従業員っぽい胡散臭い笑顔を浮かべながら振り返り、俺の名前を聞いてすぐに姿勢を正した。
「これはこれは蒼鷺のお坊ちゃま。本日はおいで下さりありがとうございます。1番広い部屋の貸し切りですね。ちょうど使われておりませんので是非どうぞ。どちらの映画をご覧になられますか?」
右手を左胸に当て、聞いてくる男。
「『明日の私へ』をお願いします。あとドリンクはジンジャーエールと・・・真空は抹茶オレ?」
「うん」
「じゃあ抹茶オレで。ポップコーンはミックスのLを1つ」
「かしこまりました。ではすぐ用意させますので、少々お待ちください」
「あぁ、急がなくて大丈夫です。他の人を優先してもらって」
「お気遣いありがとうございます、蒼鷺のお坊ちゃま。ですがご安心ください。我が館の従業員は大変優秀ですので、すぐにご準備できます」
「・・・そ。じゃあよろしくお願いします」
なぜか食い気味に熱弁してくる男に短くそう答え、真空に声を掛ける。
「・・・ちょっとだけ待ってろ。すぐやってくれると思うから」
「うん?すぐじゃなくてもいいんだけど・・・まぁ、あの人頑張ってくれているみたいだからあまり止めたりしないけどね」
会話の一部始終を聞いていたのか、あはは・・・と苦笑する真空の頭を無意識に撫でた。
「・・・?」
とつぜん撫でられて困惑したような顔で見上げてきた真空だけど、嫌じゃなかったのか気持ちよかったのかなにも言うことはなかった。
柔らかくて指通りのいい薄紫の長髪。
シンク色の透き通るような、油断したら吸い込まれてしまうような瞳が俺を捉えている。
そのまま頭をなで続けていると、真空はそっと目を伏せた。
長いまつげに魅入っていたとき、あることに気づく。
「・・・っ・・・」
とろんとした瞳がうっすらだけど開ている。
・・・頭撫でられるのが好きなのか?
・・・俺だったらいっくらでも撫でてやんのに。
・・・一緒に住んでる鷹御には撫でられたりしてんのかな?
・・・抱きしめられたり・・・してる?
眼鏡をかけていないホントの俺・・・いや、『僕』だったら訊けたかもしれない。
でもそんなこと訊いて気まずくなったりして・・・そのまま映画観ることになったり・・・それが1番嫌だ。
監禁(未遂)事件から前みたいに『素顔を見せられる仲良し!』に戻るまでどれだけかかるのか・・・。
・・・わかっている。
真空は、『葵厘は真空を失うのが怖い』ってわかっているはずなんだ。
だから監禁されそうになったのに犯人の俺に優しくするし、なによりこのことはなかったことにしよう、なんて・・・。
どこまでも危機感のない子だ。
「お待たせさせてしまい、申し訳ありません。こちら、ご注文のジンジャーエールと抹茶オレでございます」
「あぁ、ありがとうございます。もう中には入っていいですか?」
「えぇ、もちろんでございますよ。ご準備できておりますのでどうぞお楽しみください」
ふふ・・・と妖しげな笑みを俺に・・・いや、真空に送り、男は去っていった。
・・・ん?恋人同士にでも見えたか?
・・・それはいい、真空の心を手に入れたい俺にとっては好都合すぎる思い込みだな。
そうだな、真空が手に入ったら・・・違う、真空がみずから俺の胸に飛び込んできてくれたら──・・・。
──と勝手な妄想を始めたとき、クイクイッと服の袖を引かれた。
「・・・葵厘?行かないの?」
真空が不思議そうな顔で首をかしげるその姿は──正直、破壊力がすさまじくえぐい。
『まわりの視線を独り占め』と言うのが1番正解に近いだろうか。
・・・まぁ、真空は気づいていない。
だって──。
「すごい視線感じる・・・。さすが葵厘、美少年」
ほら、視線を集めていることに気づいているものの、その集めている張本人だと気づいていない。
・・・っていうか美少年・・・って。
・・・誉め言葉?だよな?
そうそう、真空は人をけなすようなこと言わないもんな・・・。
視線が痛すぎて足早に中に入る。
首がつかれない、見やすいところに座る。
「・・・あれ・・・?」
なにを思ったのか、真空がこてん、と小首をかしげる。
「誰もいないね・・・?もしかして早く入りすぎたのかな?」
・・・は?
あれ、言ってなかったか?
「・・・貸し切りだぞ?」
「・・・ふぇ?」
間の抜けた、でもとてつもなく可愛らしい声が隣からする。
「貸切りって・・・なんで?」
「うち、日本のショッピングモールにある映画館、ほとんど全部経営してる。えっと・・・【蒼鷺グループ】って知ってるか?」
「あぁ、知ってるよ。たしか・・・華道と茶道のお家柄だけほとんど全部のジャンルで功績残してるグループなんでしょ?」
まぁ・・・間違ってはないか。
「なんかどこの会社にも蒼鷺グループが携わってるとか・・・傘下の会社も多いとか聞いたことあるよ」
そう言ったあと、真空はなにかに気づいたのか、ハッと口元を押さえる。
「もしかして・・・」
・・・ん?もしかして今気づいたとか?
「葵厘が、蒼鷺グループのご子息様?御曹司?」
「・・・ま、そんなトコ」
眼鏡を外しながらそう答え、ちらりと隣の真空を見ると。
「聞いてないよ・・・!」
ぷぅ、と頬を膨らませて僕を見ていた。
睨んでいるつもりなのかもしれないけどうまく睨めていない。
っていうか逆効果すぎて目に毒だね。
「あ、映画始まんね」
「もう、誤魔化した・・・!」
拗ねたようにつぶやいた真空をなだめるためにその手をそっと取った。
照明が消え、スクリーンがピカリと光る。
『明日の私へ』は・・・まぁ、アイドルとファンのラブストーリー。
事故で記憶をすべて失った『ヨル』は自分がアイドルであることどころか家族も、自分が誰なのかもわかっていなかったが、なぜかアイドルの時は自分が認知していたファンの『フキ』だけを覚えている。
2人があったのは病院で、食堂で『フキ』がご飯を食べていたところ、ずっと追い続けていた最愛のアイドルが食堂に入ってきて──という感じの現実ではなさそうな話。
2人で同居することになってから『フキ』は壁一面に貼ってあったアイドル時代の『ヨル』のポスターを全部必死に剥がす・・・という場面が地味に面白かったんだよね。
なんかスキンシップ多くて見てて恥ずかしいねぇ・・・。
と思ったとき、ふと僕の左手を握る小さな手に気づく。
そうだ、いいこと思いついちゃった・・・。
夢中でスクリーンを見つめる真空を横目に見て僕はふふ・・・とほくそ笑んだ。
強引な手に出るけどごめんね・・・?