「行ってきますね」
氷空くんママに手を振り、氷空くんと家を出て学校に向かうのはいつも通り。
いつも通りじゃなくなったのは──それからだった。
「・・・ねぇ・・・真空」
「ん?なぁに?」
軽く首をかしげて、失敗したと焦った。
氷空くんからものすごく殺気が出てるから。
「・・・ひぇ」
な、なになに、どうしたの・・・?
「あのさ・・・」
ニッコリ、ホントにニッコリ笑っている。
とっても優しい笑みだけどそれが今は怖くて仕方なかった。
口角はふわっと上がっている。
でも目は笑っていない。
それに、片方の眉がピクピクしている。
あぁ、器用なことだ。
・・・なーんてのんきなこと考えた自分を恨みたい。
「それ・・・何」
胸元に伸びてきた手。
その手は首筋に行き、冷たい指先が当たると同時に違和感がした。
「・・・だれからもらったの。母さん?」
「あ・・・そのネックレスね」
氷空くんが持ち上げたのは葵厘からもらった金のネックレスだ。
「えっと・・・」
どうしよう、ホントのこと言った方がいいのかな?
でも、なんか怒ってるし・・・。
葵厘からもらったネックレスに氷空くんが怒る理由が見当たらないけど・・・。
それでも言わないほうがいいのは私の勘が悟っていた。
「・・・何。真空は・・・俺のお姫様になってくれたんじゃないの?」
・・・え?
氷空くんのお姫様・・・?
あ、そっか・・・前、夜デートしたときに劇みたいな感じでやったやつ。
もしかして・・・まだ続いているのかな?
「そうだよ」とか「私は氷空くんのお姫様だよ」とか答えたほうがいいのか・・・。
それとも・・・と、私は後者の考えにかけてみることにした。
「わ、私のお母さんが・・・」
「・・・真空のお母さん?」
「う、うんっ・・・お父さんと旅行に行く前にお守りとしてくれたのっ・・・」
我ながらナイスウソ?
・・・と思ったら余計に不審がるような視線を送られてしまいましたね、ハイ。
「前までつけてなかったよね・・・?なんで今、急につけ始めたの?」
で、ですよねー・・・。
な、なんて言い訳するべき・・・っ?
そこで思いついたのがこのウソである。
「えっと・・・が、学校!」
「・・・学校?」
「学校のカバンの横の深いポケットあるでしょう?」
「うん、あるね」
ほら、とカバンについているポケットを見せる。
「このポケットの奥に入っていたのを見つけて・・・つけてみたの!」
「ふ~ん・・・?」
「に、似合ってない、かな?」
不安になって首をかしげる。
やっぱりこんなシンプルだけど華やかで、気品のあるネックレスは私には似合わないよね・・・。
葵厘、私なんかになんで素敵なネックレスをくれたんだろう・・・?
もしかして華のない私が少しでも見栄え良くなるようになる、とか・・・?
「そ、そんなことないよ・・・!すっごく似合ってるからっ・・・!!ほ、ほら、めちゃくちゃ可愛いよ!!!」
「・・・え?」
「ほかの男にもらってたりしてないか確認したかっただけだから・・・。ね?ホントに似合ってるし、こんないいネックレスは真空にしか似合わないよ」
「あ、ありがとう・・・?」
すごく熱弁された・・・。
さっきの殺気は私がほかの男の子からネックレスをもらってないか・・・ってこと?
あ、ダジャレ・・・《さっきの殺気》って・・・ふふっ・・・。
じゃなくて!
なんで氷空くんがこんなに怒るのかな・・・??お
「と、とにかく!お母さんからもらったならいいんだ!!変なこと聞いてゴメンね?」
コテン、と首を傾げられて「別にいいけど・・・」と首を傾げ返した。
「っ・・・可愛い」
頬をうっすら赤らめさせてそう零すようにつぶやいた氷空くん。
・・・可愛い?
・・・あっ、このネックレスかな?
たしかに可愛いよねっ・・・。
あはは、と心の中で笑って私は再び通学路を歩き進めた。
「あ、アクセサリーと言えば氷空くんがくれたブレスレット、ちゃんと毎日つけてるよ・・・!どうかな?」
手首を見せてブレスレットについて聞いてみる。
「あはは、ホントだ。俺のお姫様の証みたいだね。似合ってる。これからもつけてね?」
「え?うん、せっかくもらったんだし、これからもつけるよ・・・!そうだ、氷空くんはあの白馬の王子様のキーホルダーつけてくれてる?」
「もちろん。俺が真空の王子様っていう証、だもんね?」
ニッコリしてカバンのチャックの引っ張るところを見せてきた氷空くん。
そこにはぷらん・・・と白馬の王子様のキーホルダーが掛かっていた。
・・・っていうかさっきから【お姫様】とか【王子様】とか【証】とか・・・そんなに劇が好きならなんで演劇部じゃなくて動画作成部に入ったんだろう?
と疑問に思いながらも聞くことはなく、学校についてVistaのみんなや葵厘と挨拶した。