〈side 氷空の母〉
「あの、氷空くんのお母さん・・・」
「呼びにくいでしょう?氷空くんママでいいわよ~」
ニッコリ笑うと未来の娘──真空ちゃんは少し照れたようにはにかみながら
「・・・そ、氷空くんママ・・・」
と呼んでくれた。
かっ・・・。
「可愛いわ~!!」
思わずその華奢を抱きしめる。
「きゃっ」
悲鳴も可愛らしい。
「あら!ごめんなさいね~可愛くてつい!!」
「可愛い・・・?」
キョトン、と首をかしげる仕草。
こんな真空ちゃんを見たら惚れない男はいないわね。
「まずはお洋服ね」
行きつけのショッピングモールの服屋に行く。
「この子に会う服を・・・そうね、50着くらい見繕ってちょうだい」
「畏まりました、奥様」
深く頭を下げた、確かにセンスのある店員。
「お嬢様、お名前をお聞きいたしても大丈夫でしょうか?」
「あ、はい。えっと、向埜鳥 真空と言います」
「真空お嬢様、こちらへどうぞ」
エスコートされ、試着室に入った2人。

「こちらなどはいかがでしょう?」
「いいわね、よく似合ってる。この子にはできるだけ自然なレースがあるお嬢様っぽいお洋服と・・・」
そのあとクルッと店内を見渡し、また店員を見る。
「男の子みたいな服か・・・ちょっと斬新で露出が多いものも欲しいわ」
「了解です。では真空お嬢様、こちらへ・・・」

こうして服の買い物は終わり、次は寝具へ
「ふわふわしているものがいいわ。でも今は暑いからふわふわでも涼しいもの・・・」
「あの・・・」
「シーツだけじゃなくて掛布団カバーと・・・枕カバーも・・・」
「あ、あの・・・」
「あら、これいいわね!」
「そ、氷空くんママ・・・」
「あぁ、ごめんなさい、どうしたの?」
「い、いえ・・・その・・・そんなに買わなくても大丈夫ですよ・・・?」
「いいのよ~遠慮しなくても!」
なぜか困ったように笑っている真空ちゃん。
その姿も勿論可愛らしい。

部屋にはお風呂も付いてるから石鹸とかも必要ね。
バラの香りがする石鹸と・・・石鹸だけじゃ不便だからシャンプーとかも買わなきゃ。
石鹸は香りだけでもいいものね。
「パジャマとかも買っちゃいましょう!」
ネグリジェみたいなものを着てもらいたいわ・・・!
きっと可愛いわよねっ・・・!!

その日だけで結構なお金を使ったけど気にしない。
見た目も中身も可愛いのが正義なのよ!
そう結論付けて家に帰る。
さて、部屋をいろいろと変えなくちゃね!
まずはシーツを変えて、掛布団カバーも入れ替える。
枕カバーも新しいのにして部屋のお風呂に買ったものを置いた。
服は大きなクローゼットに整理して入れ、満足。
ちなみに今真空ちゃんが着ているのは薄紫のロングワンピース。
首元には白のレース。
胸元には紺色のリボン。
リボンを解き、複雑な結び方にする。
ふふふ・・・2人には一気に距離を縮めて貰わなきゃね。

夜。
ご飯と食べてからお風呂に入ると部屋に戻った真空ちゃん。
私は片付けをしている。
ここから始まるわよ・・・!
少ししてリビングに真空ちゃんが戻ってきた。
「あの・・・リボンが、解けなくて・・・」
このワンピースはリボンを解かなければ脱げないのよね。
「氷空くんママ、解いていただけませんか?」
「ごめんなさい、今手が離せなくて・・・氷空ちゃん、やってあげて?」
これが作戦だ。
胸元のリボンを解けば距離は一気に近くなる。
息子の恋は応援したいのよ~!
「えっ・・・リボンを?」
複雑に結んだけど誰かにやってもらえばあっと言う間に解ける・・・わけではない。
簡単にほどけないようにして、時間をかけさせるのよ!
「ちょっと待っててね・・・」
氷空ちゃんがチラリとこちらを見る。
そして私の作戦が分かったのか、小さくうなずいて真空ちゃんに近寄った。
リボンに手をのばし、ゆっくり丁寧に解き始める氷空ちゃん。
引っ張らないようにと手が震えているのが遠くからでもわかってしまう。
ふふ・・ウブねぇ。
若いっていいわぁ・・・。
「ん-・・・」
器用な氷空ちゃんでも難しいみたい。
でもようやくあと少しで解けそうになって・・・。
そこで私の最後の作戦が動いた。
ピンッとリボンが引っ張られる。
最後は引っ張らないとほどけないように結んであるの・・・!!
我ながらナイスね、うふふっ!!
リボンを引っ張られた真空ちゃんは──すっぽり氷空くんの腕の中に納まった。
「え・・・?」
状況が理解できていないのか、一度考える仕草をした後何に気づいたのか、かぁぁぁぁ・・・っと頬を赤く染める真空ちゃん。
氷空もここまではわかっていなかったのか、慌てている。
「あらあらお2人さん、自分たちだけの世界を作っちゃって」
わざと茶化すと氷空ちゃんはこっちをありがたそうに見た。
あからさまに嬉しそうにしていて可愛い。
「あ、ありがとう、氷空くん・・・っ。た、助かったよ・・・!」
動揺を隠しきれていない真空ちゃんは逃げるように部屋に戻っていった。
「母さん・・・」
「なぁに?」
感謝でも伝えたいのかしら?
「聞いてないよ・・・!」
あぁ、抱きしめたこと?
「だって知っちゃってたらいい感じの反応できないでしょ?真空ちゃんに不審がられちゃうわよ?」
「うっ・・・それは耐えられないな・・・」
ふふっ、でしょう?
「これからもいろいろとやってもらうから覚悟しておくのよ?」
「な・・・っ。まぁ、いっか。頼むよ、母さん」
「勿論よ~!」
可愛い息子と未来の娘の恋・・・!
さっきも思ったけど若いっていいわねぇ。

1ヵ月が経ち──
私の作戦通り、2人は距離を縮めている。
あのあとなにをやらせたのかと言うと・・・。
氷空ちゃんの足を引っかけて真空ちゃんに抱きとめてもらったり・・・ね?
今、2人は肩をくっつけてテレビを見ている。
テレビの前のソファは2人のお気に入りの場所らしくて。
よく一緒に本を読んだりお菓子を食べたりおしゃべりしたり。
たまに部活か何かの話をしてるけど。
もしかしてもしかして・・・?!
同じ部活なのかしら・・・?!
出会いは部室だったり部活勧誘かしら。
青春ねぇ!
2人の恋は王道と言えば王道なのかもしれないけど新鮮だと思うのよね。
・・・といってももう両思いだと思うのよ。
真空ちゃんが気持ちに気づいていないだけで。
はやくお嫁に来てくれないかしらぁ・・・。
このままうまくいけば・・・。

──そう、すべてがうまくいくはずだった。
事件が起こったのは1ヵと1週間くらいが経った時。
ライバルなんて、そんな聞いてないわよ・・・!!

〈side 氷空の母 END〉