「その女の人、いま、そこに立ってるの？　どんな人？　白いワンピースを着て、長い黒髪をこうしてる？」

　やっぱり、さっき佐々木くんが「この女の人」と言ったことが気になって、私は顔を隠すくらい長い前髪を手で表現しながら、彼に尋ねた。

「君は固定概念にとらわれすぎだ」
「固定……なに？」

　思わず聞き返してしまった。

　佐々木くんは難しい言葉ばかり知っている。私がまだ習ったことのない、出会ったことのない言葉ばかり。

「世の中で言われてるイメージを君は信じすぎてるってこと」

　気だるげな瞳が私を見て答える。

「だって、私には見えないから」
「髪は茶色で肩くらい。服装はスカートタイプのスーツだ」

　私がちょっと唇をとがらせると、女の人のイメージをわかりやすくした言葉が返ってきた。

　いま思ったんだけど、佐々木くんって、説明だけはちゃんとしてくれるんだよね。

「普通なんだ？」
「なにが普通か僕にはわからないけどね。普通の基準は人によって違う」

　ああ、だめだ、なんでだろう、佐々木くんの機嫌を少し損ねた気がする。

　普通に生きてるみたいなんだ？　って言いたかっただけなんだけど、この話はここでおしまい。

「……それで、どうやって女の人の家族に指輪を届けるの？　交番に行く？」

　私は話題を変えた。

　落とし物を拾ったときは交番に届けなさい、ってママに言われてるから、私ならおまわりさんのところに行くけど、佐々木くんはどうするんだろう？