ふいに、近くから物音がして、振り返る。
しかし、そこには誰の姿もなかった。
再び、背の高い千楽に向き直って見上げると、千楽はブレザーのポケットに手を突っ込んで、何やら険しい顔をしていた。
「ちらくん?」
「キーケース、ねーわ。中に忘れてきたかも」
「月臣が聞いたら護衛としてどうなのって呆れるよ。この前、山城組の抗争がおさまったばかりみたいだし、滅多なことはしばらくないと思うけど」
「告げ口すんなよ、おにーさまに殺されるから。ちょっと待ってろ。中、見てくる」
「うん、あるといいね」
千楽が険しい顔のまま、つい先ほど閉店したばかりの喫茶店の中に入っていった。
ちりん、りん、と鈴の音の後、扉が閉まる。
知らぬ間に外は薄暗くなっていて、春の夜風が頬を撫でた。うつむいて、乱れた横髪を耳にかける。
そして、再び顔をあげる。
─────その刹那。
ああ、隙を作ってしまった、と理解した。
「天清日彗だな?」
いつの間に、距離を縮められてしまったのか。
目の前には、三人の見知らぬ男たちがいた。
目の前に現れたその速さを考えれば、おそらく、かなり“鍛えられている”。素人ではない。
そういうことは、纏う雰囲気でも分かってしまう。
「答えなくていいぞ。十分、知っている」
三人のうちの一人が一歩分、距離を縮めてくる。
春の夕闇のなかで、顔が浅黒く光って見えた。
その下品なにやつき顔に見覚えはないが、危険であることだけは確かだった。
ちらくん、と震える唇を動かそうとする前に、す、と男が拳を握り、くるりと返した。
まずい、本能的にそう思ったのと、ドス、と鈍い音がして、鳩尾を強烈な痛みが襲ったのは、ほぼ同時だった。
視界がぱちぱちと点滅して、かくん、と身体から力が抜ける。
「別に殺しはしねえよ。殺しは、な」
男の汚い声が鼓膜を掠めたが、最後。
────わたしは、意識を失った。