「助けてもらった立場で申し訳ないけど……具体的に、いつ、わたしは、帰ってもいい? できるだけ早く、帰り、たい」
生まれてから一度も、月臣とそれほど長いあいだ離れていたことなんて、ないのだ。
それが、どういう意味を持つのかは、誰にも説明できないし、しない。
わたしと月臣しか、理解ができないことだ。
「おれも、詳しいことは何も言えなくて。言えないっていうか、分からないんだけど」
「……分からないっていうのは、どういう」
「苑に聞かないと、おれが答えていいのか分からない。一応の当主は苑だから。ただ、助け損になったら困るっていうのは本当にあるよね。すいちゃんが、何でもないって確信できたら、帰してあげられると思う。家族とか学校とかいろいろあるなら、連絡、かわりにいれるくらいだったら、苑もいいっていうはずだけど。それも、聞いてみないと、なんとも言えないな」
「……ここが、どこかだけ、教えてもらえたら、と思うんだけど」
「ん、それくらいなら、いいと思う。朱雀って分かる? 地名なんだけど」
「わ、かる」
「すいちゃんは、朱雀のひとじゃない?」
「……隣の、街」
「猫洞のあたり?」
「う、ん。猫洞の近く」
猫洞は、鳥篭の区域の端にある町の名前だ。
朱雀は、どこの管轄だっただろうか。
記憶をなぞる。
こういうとき、冷泉がいれば一瞬なのに。いまの時点で、冷泉はどこまでの情報を掴んでいるだろうか。
「あ。朱、雀」
思い出した。
だけど、口にはしなかった。
わたしと芹だけのいる静かな一室で、ゆっくりと時間が過ぎていく。
朝の光が窓から差し込んで、テーブルのうえで淡い斜線として揺れる。
優雅に朝食を食べている場合でも、心理テストをしている場合でも、くだらない会話をしている場合でもなかったけれど。
どうやら、今日中には帰してもらえないということは確定しているようだった。