「───お兄ちゃん。すい、です」


受話器の向こうから馴染みのある声が聞こえ、男は思わず息をのんだ。

しかし、生きている──つまり、最悪の事態が現段階では発生せずに済んでいるということを確信するには、まだ早かった。

偽物である可能性だって十分にある。




「……鴉に餌は」


あなたには動揺したことなんてしっかりと見抜かれているだろう。

滅多に使わないあなたのコードを、できればこんな風には使いたくなかった。もっと、ふさわしい使い方をしてみたかった。

受話器を握りしめたまま、相手の返答を聞き、ようやく“無事だった”と確信に至りながら、男は思った。



電話は、向こうから切れる。


スピーカーはオンにしていたので、部屋にいる男たちはみな内容を把握していたが、電話をとった男は、形式として、窓際で足を組む男のもとへ行く。



「現段階では生きているかと。区域外にいる可能性が高いです。──憶測にすぎませんが、現時点で、誰かに脅されてはないと思われます。もしかしたら匿ってもらってるのかもしれません」


報告を聞いた男は口角をあげたまま、窓からゆっくりと視線をずらし、傍らに立つ者を見上げた。


その男が、穏やかな微笑みを絶やすことは滅多にない。

しかし、その笑みが文字通りに「穏やか」だったことも、滅多に──いや、全くない。



「憬。お前は、甘いね。匿うも脅すも別に変わりはないよ。どちらも許可していないからね」


───鳥篭、総長、天清月臣

───コード、“Hawk”


その男は、まるで、“柔和”の皮を被った悪魔だった。


殊に容姿端麗だが、運良く近づけた女は、物のように遊ばれたかと思えばすぐに捨てられ、向こう見ずに近づいた男は、相手にすらされないか、駒のように使われてあっさりと地獄を見る。

自身が信頼を置く者を除き、ほとんどの人間を物としか見做していないのだった。

しかし、その冷酷さには一貫性があった。