「……とりあえず、店の前の防犯カメラの映像から攫ったやつらの身元は特定した」
やや長めのセンターパートの前髪を鬱陶しそうにかきあげて、パソコンから目を離さないまま、ひとりの男が言った。
「ただ、肝心のスマートフォンの追跡ができない。履歴も消えている。たぶんぶっ壊されたな。色々な意味で名有りの雇われだよ。金を積めば何でもやる奴らだけど、さすがに今回のは、これまでの依頼とはわけが違いそうだ。すごい金が動いたかもしれない。もしくは、これから動くかも。今、車の行方だけ確認してるけど、思いの外時間がかかりそうだな。……悪い」
───鳥篭、特殊情報員、冷泉 葉澄
───コード、“Owl”
男は、そのまま肘をつき、額のところでぱらぱらと細長い指先を遊ばせている。
右の薬指で、セミ・ラウンド4ミリのシルバーリングが妖しく光った。
“冷泉さんがアクセサリを身につける日がくるってことは、つまり────”、何が楽しいのか、いたるところで囁かれたのは、今から半年ほど前である。
姿勢は悪く、ウルフカットの黒髪は無造作だが、不思議とだらしなさはない。
この世のほとんどを退屈だと思っていそうな憂いは、度を過ぎると魅惑的になってしまうことを、その男は体現していた。
「雇ったのは、誰だ」
密室のなかで放たれた問いに対し、男は気だるげに首を横に振った。
「現段階では絞りきれないな。山城の若頭は御用達だけど、断定はできない。金の動きで特定できる可能性はある」
男のパソコンの傍らには、チョコレートのごみが散在している。
部屋に満ちている甘ったるい匂いとは裏腹に、漂う空気は殺伐としており、ひどく重い。
その場にいた男たちはしばらく各々で考えた。
様々な可能性が浮上したが、最悪の事態については、当然、誰も安易には口にしない。
しかし、規格外の緊急事態が発生している。その共通認識だけは、みな同じだった。
部屋の一角は異様なほどに殺気立ち、ひとりの男が足を組み、右の口角だけをあげたまま、頬杖をついて窓の外を見ている。
その男に、進んで話しかけようとする者はいなかった。
かたかたとキーボードを打つ音だけが部屋に響いていたが、しばらくすると、それも止む。
数十分後、沈黙を切り裂くように、部屋の片隅で固定電話が鳴った。
途端に、みなに緊張が走る。
果たしてそれは、警報音か、福音か。