一コール、二コール、それから、三コール目で音は、途切れた。
『……だれだ』
あまり愛想がいいとは言えない声音が車内に響き、わたしは、少し安堵した。
電話にでたのは、月臣ではなく、よく知った別の男だった。
「───お兄ちゃん。すい、です」
だけど、月臣だという体で話し出す。
相手は、その意味を察することができないような男ではない。
あちらから、息をのむような音が微かに聞こえた。
「連絡できなくて、ごめんなさい。それで、あのね、今日は、色々あって、家に帰れなくて」
『……鴉に餌は』
「……妹より、それなの? ……うん。十八時ごろに。でも、ケージの鍵を閉めるの忘れちゃったから、きっと外にいる。それだけ、お願いします。……とにかく、色々あったのだけど、わたしは、無事だから、とりあえずは、帰らなくても、そんなに心配しなくて大丈夫、だよ」
これ以上は、危険だと判断して、こちらから通話を切った。
電話の記録をスライドして削除してから、訝しげにわたしを見る苑にスマートフォンを返す。
「ありがとう、ございました。……実は、鴉を、飼ってるんです。餌の係が、わたしだから。……兄は、あんまり、心配してくれてませんでしたね」
「鴉か」
「……はい。一羽だけ」
「へえ」
美しい男は瞬きまでも美しく、瞬かれるたびに、断罪されているような気分になるものだから、少し苦しい。
「珍しいね」と、芹が後ろから声をかけてくる。
「よく、言われます」と、困ったように薄く笑いながら返事をした。