また、車内には沈黙が戻ってくる。
タトゥーの男は一言も言葉を発しはせず、後部座席には呼吸の音すら聞こえてこない。
窓の外に目をやる。
考えなければいけないことは、すでにいっぱいあった。
自分の心も身体も自分のものではないような、そういうままならさも、すでに少しずつ広がっていた。
ゆっくりと息を吐き出す。心許なかった。
だって、わたしは、ひとりでは何にもできない。生きていられない。
数分後、沈黙を割いたのは、再びドアが開かれる音だった。
先ほどわたしと苑が乗り込んだ後部座席ではなく、もうひとつ後ろの座席のためのリアドアの隙間から、誰かが静かに乗り込んでくる。
ドアが閉まり、そっと振り返れば、苑とはまた違う系統の美しい男と目が合った。
花岡や運転手の男とは違い、最初からわたしの存在を認めた彼の髪は苑よりもやや長く、きれいで珍しい鷲鼻をしている。
前髪から除く瞳は、透き通るようなブラウンアイだった。
花のように微笑まれ、おずおずと頭を下げる。
顔の美しさに気を取られ、遅れて、彼が制服を着ていることに気がついた。
そのタイミングで、また、今度は助手席のドアが開く。
「応援はないかと」
花岡だ。苑が、「出していい」と運転手に告げるとすぐに、車が動き出す。
わたしと苑の後ろに座った制服の男はネクタイを緩めながら、はあ、と長くため息を吐いたあと、首を傾げた。
「大丈夫? 顔色が悪い」
「……はい」
「よかった。いまいち把握できていないけど、色々と災難だったね」
「……でも、苑さんが、助けてくださったので」
「名前は、なんていうの?」
「すいだ」
なぜか、わたしではなく、苑が答えた。
それで、後ろの男の視線があっさりと苑へ向かったので、わたしも前に向き直る。
ふぅん、と後ろからさほど関心がなさそうな相槌が聞こえた。
「苑、連れて帰る気?」
「ああ。このまま逃がした方が危険だ」
「…………危険、か。すいちゃん、いくつ? 制服だし、高校生でしょ」
振り返り、「十八の年です」と答えると、男は少し身を乗り出して、「わ。おれと同じ」と言う。
苑とは、纏う雰囲気がまったく違う。
天使と悪魔くらい、違う。
だけど、何か決定的にふたりは同じだった。
「苑はね、二十一の年だよ」
年上だとは思っていたけれど、はっきりと苑の年齢を知る。
「芹、勝手に教えるな」
「……芹?」
「あ、ごめん、名乗るの忘れてた。おれ、芹です。一応、苑の弟」
「……おとうと、」
「似てないでしょ」
決定的に同じだ、と思ったわけは、あっさりと判明した。
美しいふたりの男は、どうやら兄弟らしい。