扉が、外から、リアドアにしては淑やかな音とともに閉められる。

運転手の男が、ルームミラー越しに苑に一礼をしたのが見えた。

花岡は、続いて乗り込んでは来ない。



三秒ほど、車内には沈黙が続く。

ちらりと隣に顔を向けて、美しい横顔をじっと見る。


魅惑的で畏怖的な美しさ。

それはどの社会においてもかなり強い武器だから、きっと、色々と都合よく進む取引をたくさんしてきたのだろう。知り合いの美しい男のことも思い出しながら、邪推する。

早く、彼の恐ろしさと裏表の美しさに慣れたい、という理由もあった。


「何だ」


苑が、半分だけこちらに顔を向けて、横目でわたしを捉える。

目を逸らさないまま、いえ、と首を微かに横に振った。



「……ただ、あの、苑さん、美しい、から。こんなときに、すみません」

「口説いてんのか」

「……ちがい、ます」

「美しいから、何なんだ」

「何だ、と言われても」

「くだらない」

「くだらない、ですか」

「ああ」

「……美しさは、くだらなくは」

「それをわざわざ言及する人間も大概だ」

「……それは、そう、ですね、すみません」

「そもそも、こんな状況で知らない男によく見惚れてられるな」

「みっ…、観察、です。朝顔の観察、と同じ、です。苑さんは、朝顔ではない、ですけど」

「ないな」

「……それと、そういえばなんですけど、わたし、所持品を全部、奪われてしまっていて。それはどうなるのかなあ、とか、思ったり、してます」

「ああ、それは大丈夫だ。今、回収してる」

「回、収。……ありがとう、ございます」


苑は、それには答えず、また視線を前に戻した。

礼の安売りはするなと言っていた。

受け取る気はない、ということなのだろう。


交わした言葉が少し増えたくらいでは、この男のことは、掴めそうになさそうだった。