花岡という男に躊躇いつつもお辞儀をすると、苑に対するものよりも明らかに無骨な反応が返ってくる。
値踏みをするような目で頭から足の先までを見られ、それから逃れるように苑の後ろに一歩ずれると、は、と掠れた声で笑われる。
「何か可笑しいか、花岡」
「いえ。失礼いたしました。……では、どうぞ」
花岡の目や笑い声から感じられたのは侮蔑の色だけだった。
わたしを価値のない女だと見なしてはいるけれど、欲情の対象としての女とは見なしていない。
それだけでも、わたしを攫った男たちよりは幾分かましではある。
花岡の手によって、車のリアドアが開けられる。
苑が、何も言わずに顎をくいっと上げる。
先に乗れ、ということなのだろう。
乗ってしまったら、どうなるのかは分からない。だけど、少なくとも、今、苑には殺意も襲う気もないのだ。
開かれたドアの前では、悠長に躊躇している時間もなく、素直に従って、乗りこんだ。
中は、不自然なくらいに清潔な香りで満ちていて、運転席には、眼鏡をかけた男がいた。
年齢は一目では判断がつかなかったけれど、首筋には大胆なタトゥーが入っていて、花岡同様、わたしを見ようとはしない。
花岡とタトゥー男はおそらく苑の付き人か何かで、彼らの振舞いには一貫性が感じられた。
やはり、苑は、“普通”ではないのだと察する。
いつも乗っている能海さんが運転するキャデラックの車のシートよりもやけに座り心地がよく、指先でその生地をなぞっていると、隣に、苑が腰をおろした。