部屋の出入り口の方へすたすたと歩きだした苑を追う。
足の長い男についていくのはやっとで、彼はわたしに歩く速度を合わせる気は毛頭ないようだった。
回収したスマートフォンの一つを何やら操作しながら建物の外に向かう彼を、ほとんど小走りで追いかける。
「あのっ……どこに」
「分からないな」
「へ、そんなわけ、ない、のでは」
「お前も、“分からない”だろ。“分からない”相手に、分からないと答えて何か悪いか」
半分だけ振り返り、そう言った彼に、返す言葉はなくて、間をあけて首を横に振る。
彼の足が止まったのは、建物の裏に止められた一台の黒のリンカーンタウンカーの前だった。
その傍らに男がひとりいて、煙草を吸っていたけれど、わたしと苑が近づくとすぐに携帯灰皿にしまって、苑に向かい一礼をした。
年は、わたしや苑よりも一回りほど上に見えた。
苑の斜め後ろに立ち、男と向き合う。
しかし、彼はわたしに視線を向けることはなく、彼の世界にわたしはまだいないようだった。
「花岡。これは、連れて帰る。俺の下の名は伝えたが、ほかは何も」
「承知しました」
苑が、“これ”と示して、ようやくわたしは男の世界に存在することを認められる。
そういうことはわたしの兄──つまりわたしも属する社会ではよくあることなので慣れていた。
笑えるほどの男社会だ。
先ほど、美しい男は平気で“苑”と名乗り、それを普通だといったけれど、彼や花岡と呼ばれた男の振る舞いは明らかに“普通”とは違っていて、わたしの属する社会と限りなく同じであるように思えた。