そこからは、まるでスローモーションだった。
ひらけた視界に影の正体が映る。
天井近くにある格子窓から差し込む眩い月光が、ひとりの長身のスーツの男を照らしていた。
彼は、スラックスのポケットに片手を突っ込んだまま、吹っ飛ばされ、呻き声をあげている男の元まで歩いていく。
かつ、かつ、と、革靴の音がやけに響いて聞こえた。
それから、呻くだけで動くことのできない男の前で立ち止まり、背を屈めることもなく見下ろしたまま首を傾げた。
「死にたいか?」
「いやっ、……勘弁してくれっ」
「ひとの所有地で好き勝手やっておきながら、勘弁?」
「……つーか、誰なんだよっ……お前、山城組のものじゃ、ねえな」
「他人の素性を尋ねる前に、まずは、謝罪が筋だ。順序が違う」
そう言ったかと思えば、彼は、男の顔面めがけて、躊躇いなく蹴りをいれた。
痛々しい悲鳴が部屋に響き渡る。
あたりを見渡せば、残りの男たちも倒れている。死んでいるのか、意識を失っているだけなのかは、分からなかった。
どちらにせよ、彼がやったのだ。
それだけは確かだった。
そして、わたしは、今この瞬間は、助かって、いる。
一時的に。
十秒後は、どうなっているか分からない。
悲鳴の終わりを待たずに、一発、二発、三発と、容赦のない蹴りが汚い男の顔面に入り、思わず耳を塞ぎたくなるような肉の抉れるような音が三発目で混じった。
わたしは、呆然とその様子を眺めているしかなく、涼しげな雰囲気を纏ったまま、無駄のない動きで蹴りをいれる男から、目が離せなかった。
わたしを襲おうとした男の悲鳴も止み、それでも、彼がもう一発、足を振り落とそうとしたので、「あのっ……」と、ついに声をあげてしまう。
踵を落とす寸前で、彼は動きを止め、ゆっくりとこちらに顔を向けた。