幼少の頃、病弱で喘息持ちで、なかなか外で遊ぶことができなかったリランには、友達もほとんどいなかった。
勉強は家庭教師についてなんとかなっていたものの、ベッドで過ごす時間が長くふさぎがちの息子を憂いて、父親は環境を変えることを考えついた。

遠縁のリベイラ家の邸であるヒースクレストに一月ほど預けたのだ。
父の思いつきは大成功だったというべきか、リランにとっては何にも代えがたい思い出になった。

みんながもてなしてくれるので王子様気分だったし、静かで落ち着いた地区にあるヒースクレストもたいそう気に入った。
何よりひ弱なことをからかってくる同級生たちはおらず、家にいるのは一歳年下の可愛らしい少女だ。

名前はテスといって、おしゃまで好奇心旺盛な彼女と過ごすのは、今まで経験したことのない楽しさだった。

二人で庭園を越えて野に出て、テスが咲いている青い花を指さした。
「忘れな草っていうのよ。きれいな名前でしょう」

歌うようにそう口にする彼女の瞳は、その花と同じ色をしていて。
「わたしのこと忘れないでね」とませた口ぶりで言っていたのに。その約束を律儀に守っていたのは、どうやら自分だけだったようだ。