*    *    *


そんなに人を誘惑しないでほしいな、まったく。

キッチンから居間に戻ったところで目に入った自分の婚約者の姿に、リランは一瞬息を飲んだ。

橙色の炎がつくる輪のなかで、床に座って火に当たるテス。
濡れたドレスが体にぴたりと貼りついて、しなやかでありながら女性らしい体のラインを浮き上がらせている。
足はしどけなく床に投げ出されていた。

炎の明かりを受けてきらめく深青の瞳が、気配に気づいてこちらに向けられた。

「ごめんよ、テス」と手にした熱いお茶のカップを手渡した。
もう片方の腕に抱えていた毛布を彼女の肩にかける。
「カップも毛布も一つしか見つからなかった」

もちろん嘘だ。そういうことにしておけば、テスと分かち合えると計算してのことだ。

素直な彼女は疑うことを知らず、お茶を一口すすってこちらに差し出してくれる。
「一緒に飲みましょう。温まるわ」

優しいところも昔から変わらない。

すべてはテスのため。彼女を手に入れるためだった。