「それから、この魔法薬の名前は……ファッシャデクオリ」
 アンドレア様が小さくささやいたので、すぐに返事を返す。
「ファッシャデクオリ、イタラーリア国の言葉か」
「そうみたいですね。心の顔という意味ですよね」
 醜悪魔女の視線がこちらを向いた。
 そして、ふっと笑うと視線を皇太子殿下に戻す。
「どうやら、意味が分かったのは二人だけのようね。……おかしいわねぇ、なぜ皇太子もその側近候補も婚約者候補も誰も分からないのかしら?母国語と帝国語のほかに、2か国語は習得しているはずなのに」
「ファッシャデクオリの名ですぐにわかってもらえると思ったのに。とんだ期待外れ。仕方がないわ。分かりやすく教えてあげるわ。心の顔という名前よ、この魔法薬。つまり、心の美しさを顔に反映させる薬。見えない心を、誰にでも見えるようにするというとっても親切な薬よ。これなら、心が美しいから好きになったんだということが一目で分かるようになるでしょ?わざわざ口にしなくても」
 醜悪魔女は意地悪に笑うと、ふわりと殿下の前に降り立った。
「あなたが好きになった心の美しい女は、まるでハエのようね。まぁ、世の中にはハエを美しいと思う人もいますし、趣味は人それぞれですから」
 殿下が義妹を突き飛ばした。
「騙していたのか……優しいふりをして。醜いハエ女がっ!」
 「わ……私……だましてなどいませんわ、ひどいですわ、殿下……私を疑うなんて……」
 上目遣いで涙を浮かべて見上げる顔。
 小刻みに肩を震わせ、思わず守ってあげたくなる……いつものマリアーナの泣いたふりだと思う。
「はっ、泣きまねか?」
 あれ?
 とても分かりやすい泣きまねだけれど、みんないつも「かわいそうに、マリアーナ辛かったね」とか言ってませんでした?「マリアーナ、泣かないで」と殿下は抱きしめていたような気がするんだけど。
 もしかして……。泣きまねだと分かっていて、女性の体に触れる絶好のチャンスだとばかりに慰めるふりして抱きしめていた……なんてことはないですよね?
「な、泣きまねなんかじゃないですぅ」
 少し舌足らずな甘えた声。普段、私と話をするときには出てこない声だ。
「気持ち悪い声を出すなっ!そんな醜い顔して……」
 マリアーナが殿下の方に手を伸ばした。
「ひどい……殿下……私のこと好きだって……あの言葉は嘘だったのですか?」