「私の、顔が、顔が……!」
 マリアーナも、自分の顔に手を当ててうずくまってしまっている。
 そりゃそうだろう。
 どう見ても、あの顔はハエだ。
 手で触れただけで、人としての形状を保っていないと分かるはず。
「美しくなるクスリだなどと、よくも嘘をついたな!」
 もとは皇太子殿下だったはずの、ゴキ〇〇のような顔をした人が声を上げた。
「あら、私は嘘などついていないわよ。ほら、あそこをご覧なさい」
 醜悪魔女が指さす方向に多くの生徒が視線を向ける。
 そこには、見たこともないような美しい女生徒が一人立っていた。
 ……誰?
 と、首をかしげると、アンドレア様がつぶやいた。
「あのドレスは、侯爵家の三女か」
「ドレスを覚えていらっしゃるの?」
 びっくりだ。
 でも、アンドレア様は一度読んだ本の内容をすぐに覚えてしまうくらいだから、一度見たドレスは覚えられても不思議じゃない。でも……。
 あまり女性の服装には興味がないと思っていたので、まさかドレスを見て覚えていたというのが意外で驚いたのだ。もしかすると、意外に顔形や髪型など、興味なさげに視線を向けただけでも覚えられてる?
 ……急に恥ずかしくなった。
 どうせアンドレア様は女性の顔になんか興味ないんだからと、他に見る人もいないんだからと。研究室では相当やらかした。
 うたたねして、顔にしわの跡が残っていようが、よだれを垂らした跡が残っていようが、髪の毛が絡んで模写っとなっているのを放置していようが、熱いからと制服の袖を男の子のようにまくっていようが……。平気だったけど。
 確かに、興味がなくて気にされてなかったとしても……記憶に残っている?……そうだとしたら、恥ずかしすぎるっ!
「どうしたの?顔が赤いけど」
 アンドレア様の言葉に顔を手に当てる。
 赤い?
 顔が?
 私もミジンコか何か変な顔になってるんじゃないかと思っていたけど、触れてみれば人の肌だ。あれ?
 顔も覆わずくしゃみをしていた顔とかを覚えられてるのが恥ずかしいとも言えず、慌てて会話を続ける。
「だ、大丈夫です。その、会場にいる人のドレスを全部記憶しているのですか?」
「いや。彼女は、侯爵家にしては、体に合わないドレスを着ていたから覚えていただけだよ。少しシミもある丈の身近なドレスを着ていたからね。姉のお古を着てきたのかと……」