仕事が始まると2ヶ月後に産休に入る予定の先輩が丁寧に指導してくれて、問題なく業務の引き継ぎを終えることができた。

「春日さんて常務と高校が同じなんでしょ?」

 入社からひと月程が経過して職場に大分馴染んだ頃、先輩の松本さんが昼休憩中に渋谷君のことを聞いてきた。

「はい。3年の時に1年だけ同じクラスだったんです。といっても常務は人気者だったのであまり接点はなかったんですけどね」

「え?そうなの?なんだーてっきりお付き合いとかしてたんだと思ったのにー」

「いや、常務は本当に凄い人気だったので、私なんかじゃとても太刀打ちできませんよー」

「まあ確かに今も凄いもんね。去年弟の龍二さんが結婚したせいで、常務の競争率が爆上がりしてるんだってー」

「爆上がりですか‥‥なんか凄そうですね‥‥」

「社長の息子なんて狙ったところで落とせるもんじゃないと私は思うんだけど、みんな結構本気で頑張ってるらしいよ?実際うちの部署の人手不足は龍二さんの結婚で失恋した子が辞めたせいだしね‥‥」

「うわー‥‥そしたら常務が結婚したら退職者が続出しちゃうじゃないですか‥‥」

「本当それ‥‥だから新しく雇うなら男性だろうなと思ってたとこに、常務の推薦で春日さんが入ってきたもんだから、結構憶測が飛び交ってるんだよねー」

「え?それ、私、まずくないですか?」

「うーん‥‥同級生ってだけだもんね?大丈夫だとは思うけど、産休入る前に騒いでる子達に私から釘指しておいた方がいいかもなー」

 松本さんは私と2歳しか違わないはずなのになんて心強いんだ!

「でも常務と春日さん、絶対なんか関係あると思ってたんだけどなー。少なくとも常務は春日さんのことを憎からず思ってるんじゃない?」

「いやいや、例え冗談でもそんな噂が広まったら常務狙いの人から敵認定されちゃうじゃないですか‥‥本当にただの同級生なんで!私、仕事辞めたくないです!」

「ぶっちゃけ常務を追いかけ回してるような子達なんてむしろ辞めてくれって感じだけど、春日さん凄くいい子だし仕事覚えるの早くて真面目に頑張ってくれてるのに辞められたら本当困る。任せて!春日さんのことは私が守るわ!」

「松本さん!私、一生ついていきます!元気な赤ちゃん産んで、早く戻ってきて下さいね!」

 新しい職場は人に恵まれ凄く居心地がいい。離婚したばかりの私にとって恋愛は地雷でしかない。私を雇ってくれた渋谷君には感謝してるが、彼に関する噂話には巻き込まれないよう細心の注意が必要そうだ。