「翠っ!?」

 私が突然現れたことで貴之さんは動揺しているが、姑は落ち着いた様子のまま嘲るような表情をみせた。多分彼女は私の帰宅を知りながらあえて話を聞かせようとしたのだろう。

「いいですよ。離婚、しましょうか」

「え!?翠!?待って!違うんだ!」

 貴之さんはなんで弁解しようとしてるんだろう‥‥だったら最初から私をかばってくれれば良かったのに。

「3年子供ができなかったんだからきっと私はお義母さんのいう通り石女なんだと思う。離婚してやり直すなら私も早い方がいい‥‥明日役所に行って離婚届をもらってきます」

「あら、離婚届ならうちに用意があるわよ?今から行って取ってきましょうか?」

「は!?母さん、何を‥‥」

「お願いします」

「翠!一旦落ち着いて話し合おう!」

 貴之さんがこんなに取り乱すなんて意外だった。でもこれまで私の話を適当に聞き流してきたのは他でもない彼なのだ。今更話すことなんて何もない。

「離婚届、持ってきて頂けるならすぐにサインします。あとはそちらで話し合ってどうするか決めて下さい。近日中に家を出られるよう準備しておきます」

「わかったわ。すぐに取ってくるから少し待っててちょうだい」

「ちょっと待ってくれ!離婚だなんて僕は絶対に認めない!」

 私の気が変わる前に離婚を推し進めたいのであろう姑は、貴之さんを無視してそそくさと離婚届を取りに行ってしまった。

「翠!離婚したいだなんて嘘だろ!?」

「貴之さんは子供が欲しいんでしょ?だったらお義母さんの言う通り決断は早い方がいい。それに子供のことだけじゃない。私がお義母さんに色々言われて辛い思いをしてるのに、貴之さんは見て見ぬふりで私をかばう素振りすらみせなかった‥‥もう我慢の限界だったの」

「離婚なんて言い出す前にそう言ってくれてたら、僕だって‥‥」

「こうなる前に私は何度もお義母さんのことで貴之さんに相談したはずだけど?どっちにしても私が妊娠しなかったのは事実だし、結論を先延ばしにしても時間の無駄だと思う」

 姑は10分とかからずに離婚届を持って戻ってきた。私はそれに躊躇なくサインする。

 私達に子供はいないし、分けるような財産も特にない。慰謝料の請求はお互いにしないということで姑と話をつける。頑なにサインを拒否する貴之さんの説得は姑にお任せすることにして、私は私物の整理を始めた。

 これから私の戸籍にバツが付く。そして私は春日翠(かすがみどり)に戻るのだ。