貴之さんは私との離婚後、他の女性と再婚したと噂で聞いていた。姑が話していた『知り合いのお嬢さん』だとは思うが、興味がなかったので詳しくはわからない。

 どうして彼が今更私を訪ねてきたのか、思い当たるふしがなくて困惑する。

 貴之さんの声が聞こえたのか、渋谷君が車を停めておりてきた。

「翠?どうしたの?大丈夫?」

 私をかばうように前に立った渋谷君を無視して、貴之さんが話し始める。

「翠、話があるんだ。やっぱり君とやり直したくて。少しでいい、話す時間をくれないか?」

 やり直すって‥‥再婚したんじゃなかったの?まさかまた離婚したの?だからって、なんでまた私と‥‥?

「失礼ですが柴崎さんですね?初めまして、私は渋谷龍一といいます。彼女は今私と結婚の約束をしてるので、そういった話はお受けできかねます。申し訳ありませんがお引き取り願えませんか?」

 困惑で何も言えない私の代わりに、渋谷君が貴之さんに話をした。

「翠!離婚は間違いだったんだ!あの時は僕が悪かった!子供なんていらないから、だから僕とやり直そう?」

「柴崎さん、彼女は私との子供を妊娠しています。ですからあなたとやり直すことはもうできませんよ?」

「え‥‥妊娠‥‥?だったら!その子は僕が面倒みる!そうだ!それがいい!」

 何これ、怖い‥‥今の貴之さんは明らかにまともじゃなかった。

「すみませんが翠と柴崎さんの復縁はあり得ない。これ以上騒ぎを大きくするつもりなら警察を呼びますよ?」

「うるさい!お前には関係ないだろ!少し引っ込んでてくれないか!?」

 貴之さんが渋谷君の肩に手をかけて私から引きはがそうとしたので、渋谷君はスマホを取り出し110番通報をした。

「また連絡するから‥‥」

 さすがに警察の到着を待つつもりはないらしく、貴之さんが去っていく。

 駆けつけた警官に事情を説明して念のためパトロールの強化をお願いしたが、現状ではそれ以上のことは望めない。しばらくはひとりで出歩かない方がいいだろう。

 少しでも状況を知りたくて疎遠になっていた貴之さんとの共通の友人に連絡をとってみた。

『うーん‥‥新しい嫁さんが柴崎の母親とうまく行ってないとは聞いてたけど、詳しいことは知らないな。でも離婚はしてないはずだけど?』

 離婚したわけでもないのになんで私とやり直そうなんて話になるのか‥‥言ってることも支離滅裂だったし、貴之さんは普通の精神状態じゃないのかもしれない。