自分の気持ちと正面から向き合ってしまった私は、罪悪感に苛まれていた。

 将来『渋谷繊維』の社長となるであろう渋谷君は、一介のサラリーマンでしかない貴之さん以上に子供を持つことが重要なはずだ。妊娠しなかったことで離婚を望まれた私は、早々に恋愛対象から除外されるべきなのだ。

 離婚の時に『子供が欲しいなら決断は早い方がいい、結論を先延ばしにするのは時間の無駄だ』と言い放ったのは私だ。その考えは今も変わらないのに、渋谷君に事情を話せずにいる理由は、私が彼を好きになってしまったから。

 渋谷君と再会してから、私は与えられるばかりで何も返せていない気がする。そこから更に奪うことなんて許されるはずがない。

 渋谷君に話をする覚悟を決められないまま、時間だけが過ぎていく。彼を好きにならなければこんな風に悩むことはなかったのに、こんなのってつら過ぎる。

「春日さん、最近ちょっと忙し過ぎたから、息抜きに何か美味しいもの食べに行かない?」

 今日も渋谷君が優しい。私は貴之さんの時間を3年も奪った。渋谷君で同じことを繰り返したくはない。彼の優しさは私ではない他の人に向けられるべきものだ。

「そうだね。和食が食べたいな。どこかいい店知ってる?」

 私から何かリクエストしたのは初めてだったから、渋谷君が嬉しそうだ。きっと張り切っていい店を予約してくれることだろう。素敵な店で美味しい料理を食べて、それで終わりにしようと思う。

 定時で上がれるよう、ハイペースで残った仕事を片付けた。渋谷君もそろそろ終わる頃だと思い、帰る準備をする。

「じゃあ明日10時に迎えに行くから」

 あれ?金曜日だしてっきり今夜食事に行くと思ってたのに‥‥しかも10時ってランチにしては早くない?

 翌日、渋谷君が向かった先は鎌倉だった。

「予約は夜なんだけど、せっかくだから春日さんと観光したくて。昼は小町通りで軽めに食べ歩きしよう」

 どうしよう、思ってたのとなんか違う。とりあえず気まずい話は夜までお預けにして、鎌倉を満喫することにした。

 食べたいものが多過ぎたので数種類をふたりでシェアしながら食べ、更にデザートまで‥‥軽めに済ますはずが既にお腹がパンパンだ。

 夜に備えて腹ごなししようと由比ヶ浜に向かい、ゆっくりと浜辺を散歩した。歩き疲れて海を眺めながら休憩する。

 歩いていれば気持ちよく感じた海からの風が冷たくて、バッグからストールを取り出した。

「寒い?車に戻ろうか?」

 心配して声をかけてくれる優しい渋谷君に罪悪感がわき起こる。駄目、もう耐えられない。