その後の俺が劇的に変わったかといえば、そんなことはない。俺は相変わらず笑顔で雑用を引き受け、いい子の仮面を被ったまま、面倒を避けて過ごしていた。

 ただ、ひとつだけ変わったことがある。

 『俺がいなくても世界は回る』

 春日さんの言葉が俺の心に深く刻まれ、それが俺を優しく支えてくれていたのだ。

 それ以降、彼女と話す機会はほとんどなかった。でもたまに彼女が心配そうな顔をして俺を見ていることには気づいていた。たったそれだけ。それでも俺の心は十分に満たされていた。

 彼女は壊れかけてた俺の心を救ってくれたのだ。俺が彼女に恋をしてしまったのは当然の結果だといえる。

 女の子と付き合ったことはあるしそれなりに経験もしてきたが、自分から告白をしたことはなかったし、付き合ってもあまり長続きせずに振られてしまうことがほとんどだった。

 いざ自分が人を好きになってみるとどうしたらいいのかがわからなくて、ただひたすら彼女を眺めるだけの日々が続いた。

 何もできないまま時間だけが過ぎていき、卒業の日を迎え、大学の違う俺達は会うこともなくなってしまった。こうなることはわかっていたのに、最後の最後まで勇気を出せなかった自分に失望した。

 なんだかんだと自分に言い訳をして告白できずにいたが、結局のところ、俺は振られるのが怖かったのだ。

 大の男が泣いてわめき散らしているところを目撃されているのだ。こんな情けないやつに告白されても迷惑かもしれないし、断ったらキレられると恐怖心を抱かれるかもしれない‥‥

 この期に及んでウジウジと告白できない理由を並べ立て、それでいていつまでも彼女を諦められないのだから本当にたちが悪い。いや、むしろ気持ちが悪い。こんな男に惚れられた彼女が気の毒でしょうがない。

 ‥‥‥‥でも、やっぱり彼女を諦められない。

 俺がそう思った時、彼女には恋人ができていた。もっと早く俺が覚悟を決めていたら、彼女の隣にいたのは俺だったかもしれないのに‥‥

 後悔したところで過去は変えられない。恋人といっても結婚したわけじゃないし別れることもあるだろう。次こそは絶対彼女に気持ちを伝えると決めた。

 チャンスを逃さないよう、彼女と親しくしていた田所さんに事情を話し、定期的に彼女の近況を教えてもらうようにしていたのだが‥‥

 待てど暮らせどその次がこないまま、彼女はその恋人と結婚してしまう。俺の恋が始まらないまま終わりを告げたのだ。

 彼女が幸せならそれでいい‥‥なんて気分には到底なれそうもなかった。最低過ぎる俺は、彼女が離婚したという知らせを聞いた時、生まれて初めて神に感謝した。