昼間とは別の道を通って、街並みを楽しみながらロープウェイ乗り場へと向かう。
 道すがら龍子の函館レクチャーには熱が入り、猫宮は茶々を入れることもなくよく聞いていた。

「なんか社長って、妙に話しやすいですよね。ひとの話をよく聞いてくれると言いますか。それも営業で身についたスキルですか? ついつい話しすぎるんですけど」
「つまらない話なら適当にぶった切るけど。古河さんの話、面白かったから」

 山頂へと向かうゴンドラに乗り、龍子がしみじみと言えば、猫宮からはさらっと切り替えされてしまった。かなり優秀な模範解答で。

(社長~、この性格だけでも正直かなりモテる気がするんですが! 加えてモデル並の容姿に、富豪でプリンスですよ。猫化がなければ今頃は)

 気の毒な目で見てしまっていたのか、猫宮が何かを察知したように「いま、悪いこと考えてなかったか?」と聞いてきた。
 周囲には他に何人か乗っていて、皆ガラス張りの壁に貼り付いて外の景色を見ていた。だが、ちらちらと猫宮に視線を送っている女性グループもいる。話す機会をうかがっているというより、単純に際立った容姿が目を引くからであろうと思われた。

(猫、猫ってあまり大きな声では言えないな)

 さすがに自重した龍子が「ええと」と言葉を濁すと、言いにくいことと考えたのか、猫宮が身をかがめて顔を近づけてくる。さらっと茶色っぽい髪が揺れて、形の良い耳が間近に見えた。

「何?」
「……その、社長はこいびと……いえ、婚約の件はどうなってるんですか」
「ああ、犬島から何か聞いたか? ゴリ押しされてる。なかなか手ごわい相手なんだ」
「受けるんですか?」

 すっと猫宮が居住まいを正した。
 ぎゃはは、と笑いながら移動してきた男性グループからさりげなく盾になり、龍子をかばいながら軽い調子で言う。

「気にしてる?」
「気に……してると言えばしてると言えなくもなくないですけどえーと」
「どっちだよ」

 猫宮がふきだしたところで、ゴンドラが止まった。
 人の流れに乗って移動しているうちに、話は有耶無耶となる。
 そこからはついつい、「これが! 百万ドルの夜景です!」とまたもや観光案内に熱が入り、冷たく空気が澄んだ中、まさに絶景の夜景を満喫してからふもとに戻ると、今度は「これを食べないで函館は語れません!」とラッキーピエロへ。
 選びきれなかったばかりに、二人でハンバーガーを二個ずつ食す。
 近場のバーに寄り、酒に弱くも強くもないという猫宮と軽く二杯飲んでからホテルに戻る。良い気分になっていたところで(あっ、一緒の部屋だった)と思い出し、取り直した部屋へと向かった。

 若干緊張しなくもなかったが、龍子はそれほど心配はしていなかった。
 何しろ、猫宮はここのところ毎日猫になっていたので、今日に限ってならないだなんて。
 そんなこと、あるはずが。

 部屋に戻って、互いに譲り合いながら「シャワーする前に猫になったらまずいでしょうから」と龍子からすすめて、猫宮に先にバスルームを譲る。
 出てくるのを待つ間、龍子は(まずい)と焦り始めていた。
 普段ならもう、猫になっていてもおかしくない時間帯なのに。
 猫宮が、猫にならない。

(猫に……ならないんですけど!?)