(犬島さん、怖~い! 絶対やばい、何か勘づいてる~!)

 からくも乗り切った朝食の後。
 会社に向かう車中で、思い起こすだけでドキドキと動悸の乱れる心臓をスーツの上から手でおさえて、龍子は溜息をついた。

 猫宮が、人間状態にもかかわらず、正体をなくしたまま龍子の上で寝てしまった土曜日の夜。
 龍子はなんとかその下から這い出して猫宮を起こそうとしたものの、果たせず。ベッドに運ぶのも諦めてコタツをかぶせてその場で寝させたのだ。
 翌朝、猫宮は「なんで人間に戻ってるんだ?」と不思議そうにしながらも、龍子の部屋で一晩過ごしたことを丁重に侘びて出て行った。
 その後日中は二人で猫化に関する資料を調べて過ごし、夜。

 食事を終えて解散し、部屋で寛いでいた龍子は、ベッドの下にまたたびが落ちているのを発見。部屋を抜け出して、もとあった部屋のサイドボードに戻して帰る途中の廊下で、猫になった猫宮に遭遇。

 ――俺のことは気にしないでくれ。そのうち人間に戻るだろう。

 哀愁を漂わせた三毛猫に言われて、龍子は(あ~~、今朝戻っていたのはキスのせいかもしれないから、このままだと戻らない可能性も~)と悩んだ末に。

 ――猫のままだと何かと不便でしょうし、不用心ですから。コタツで寝るなら良いですよ、部屋に来ても。

(誘ってしまったんですね~~! 私から。だってあんなしょぼくれた猫、むざむざひとりにできないし……)

 猫宮は「コタツ……!」と目を輝かせ、そそくさとついてきた。大体にして、猫のときの猫宮はかなり欲望に忠実なのだ。コタツの魅力に抗うなど、無理というもの。
 こうして、猫宮はコタツに入り、丸くなって寝た。
 龍子は、猫がよく寝たのを見計らってから近づき、そっとその鼻先に口づけをした。猫宮はその場で人間に戻ったが、よく寝たままだった。
 そして迎えた今日の朝。

(さすがに社長も勘づいていたっぽいなぁ……)

 コタツから起き上がった猫宮の朝イチの挨拶が「おはよう」ではなく「ありがとう」だったのだ。

 ――ええと、お部屋で過ごすのOKの件ですよね。いえいえ、礼を言われるようなことでは。ここはもともと猫宮社長のご自宅ですから!

 早口でごまかした龍子は、もう猫宮の顔を直視することができなかった。
 朝の光の中で見た笑顔の猫宮は、髪の寝癖まで絵になる完璧な美青年。ここにきてようやく、龍子は猫宮の美貌の威力に気付いてしまった。
 以来、うまく目を見て話すことができない。

「そういえば、昨日の資料読みで何かわかったことありましたか」

 意味もな龍子が窓の外を見ていたそのとき、犬島が運転席から猫宮に尋ねる声がした。
 猫宮は「そうだなぁ」と考える様子で答えてから、何気なく続けた。

「日程の調整をしておいて欲しい。一度、古河さんのご先祖さんの線からも調べてみたい。近いうちに函館に行く」

 そこまで言って、助手席から龍子を振り返る。

「もちろん古河さんも一緒に。泊りがけになるかもしれないから、準備よろしく」

(函館……!)

 しばらく帰省をしていなかった龍子は、その単語に敏感に反応した。
 前のめりになりながら、勢いよく返事をする。

「はい! 美味しいお店いっぱいありますんで、気合を入れてご案内しますね!」