【連載版】田舎者にはよくわかりません~ぼんやり辺境伯令嬢は、断罪された公爵令息をお持ち帰りする~【書籍化+コミカライズ連載中】

 テオドール様への謝罪を終えたアンジェリカ様は、こちらに背を向け何事もなかったように晩餐の席に着きました。

 それを見た周囲の人達も、戸惑いながら席に着き始めます。

 ポカンと口を開けてしまっていた私は、ハッと我に返り慌てて口を閉じました。

 ビックリした……。まだドキドキいっている自分の胸を押さえます。

 アンジェリカ様がこちらに駆けて来たときは、驚きすぎて心臓が止まるかと思いました。

 なぜなら、悲痛な表情で駆け寄るアンジェリカ様が、まるで物語のヒロインのように見えたからです。ヒロインの視線の先にいたのはテオドール様。元婚約者であるお二人が、久しぶりの再会で熱い抱擁でも交わしそうな雰囲気に、私は固まってしまいました。

 でも、そんなことにはならなかったので、本当に良かったです。

 それにしても、まさかアンジェリカ様がテオドール様に謝罪するなんて……。その言葉は、私には心からの謝罪に聞こえました。雰囲気も変わり、以前より落ち着いているように見えます。

 そういえば、結婚して夫になったクルト様が、有名女優と浮気をしているというウワサがありました。

 もしかしたら、今のアンジェリカ様は、王女時代では想像もできないような苦労をされているのかもしれません。

 だからといって、テオドール様に刺客まで差し向けたアンジェリカ様を許せるかといえば、許せないのですが……。謝罪を受けたテオドール様が「謝罪には及びません。今がとても幸せなので」と言っていたので、私もこれ以上アンジェリカ様に対して怒るのは止めようと思います。

 テオドール様が「シンシア様、こちらへ」と声をかけてくれました。

「あっ、はい!」

 私たちが晩餐の席につくと、ロザリンド様が私に向かって小さく手を振ってくれます。

 参加者全員が席に着いた頃、国王陛下も来られました。演奏家たちがゆったりとした曲を奏で始め、晩餐会の始まりです。

 今日は親しい者たちだけ10人ほど呼ばれたとのことで、和やかな空気が漂っています。

 でもまぁ、私からしたらテオドール様とロザリンド様以外、親しくもなんともない人たちなのですが……。名前すら知らない方もたくさんいます。

 そんな中、国王陛下がアンジェリカ様に話しかけました。

「最近はどうしているのだ?」

 少しためらったアンジェリカ様は「……本を、読んでいます」と答えます。

 読書ですか。私も読書は大好きですけど、読むのは恋愛小説ばかりです。アンジェリカ様はどんな本を読むのでしょうか?

「教師たちの件、気がついてやれずすまなかった」
「いえ……」

 アンジェリカ様からは、淡々とした声が返ってきます。

 あれほど気が強かったアンジェリカ様が、こんなに気落ちしているなんて、なんだか痛々しいです。
 そう思ったのは私だけではないようで、ロザリンド様も心配そうな表情を浮かべています。

 それにしても、クルト様は浮気しているくせに、よく平気な顔でアンジェリカ様の隣に座っていますね?

 呆れて見ていると、私の視線に気がついたクルト様が、パチンとウィンクしました。

 いや、そういうのは、いりませんけど⁉

 せっかく王宮料理人の美味しい料理を食べているのに、食欲が失せてしまうじゃないですか!

 見たくないものを見てしまった私は、隣で食事をしているテオドール様に小声で話しかけました。

「すみません、ちょっと私に向かってウィンクしてもらえませんか?」
「はい?」

 驚きながらも、テオドール様は「こ、こうですか?」と左目をつぶってくれます。でもうまくできずに、右目も少しつぶってしまっています。

 あのなんでもできるテオドール様が、まさかウィンクができないなんて!ときめきが止まりません!

「シンシア様? これでいいのでしょうか?」

 戸惑うテオドール様に、小声で「ありがとうございます! すごく可愛いです」とお伝えすると、テオドール様の頬が赤く染まっていきます。

 おかげさまで食欲が戻った私は、無事に料理を完食できました。