ひと目だけ壁のメニューを見た彼女は「カフェオレを」と言った。

 ここに来たのは偶然であるはずもなく、否が応でも緊張し、喉の奥がゴクリと音を立てる。

「三年前、私あなたに言ったわよね。私は航輝さんの婚約者だって」

 内容が仮に嘘だとしても、彼女がそう言ったのは事実だ。

「はい」

「あのときね、彼とちょっとケンカしちゃったの。本当はあの日、婚約指輪をもらうはずだったのにね」

 えっ? 婚約指輪?

「彼と見に行った『Ⅹビジュー』でね。普段使いができるようにって私が選んだ指輪なのに」

 商品に傷はつけられないから、仕事中は外しているが、確かめなくても覚えている。もらった指輪はⅩビジューのものだ。

「航輝さんは私と結婚して、いずれベンタスの社長になるの。神城には彼のお兄様がいるからね。それなのに」

 彼女は淡々と話を続ける。

「ふしだらな女に捕まって。かわいそうな航輝さん」

 私は彼女の発言には触れず「おまたせしました」カフェオレを出した。