恐怖のあまり震えだした優香ちゃんの持っていたトレーに乗せていたグラスが倒れ、はずみでこぼれた水が男性に飛んだ。

「すみません」
優香ちゃんは咄嗟に謝ったけれど、
「どうしてくれるの?濡れたじゃないか」
なぜか嬉しそうに立ち上がった男性は、距離をとろうと後ろに一歩後ずさりした優香ちゃんに詰めよる。

「申し訳ありません」
何度も頭を下げるか優香ちゃん。

濡れたと言っても、実際には男性の腕にしぶきが飛んだ程度。
謝って終わるくらいの話だと私も思っていた。しかし、男性は引きそうにもない。

「この後出かける予定のなんだよ。それなのに、困るじゃないか」
「申し訳ありま」
優香ちゃんが再び謝る前に、男性の手が背中に回った。

「キャッ」
かすれた悲鳴が、小さく聞こえた。

うーん、もう無理。我慢できない。
いくら客とはいえ、あまりにもひどい。
私はトレイに乗せていたコーヒーを手に持ち、男性の前で手を放した。