耳元に唇を寄せ、吐息混じりにささやいた。


「大丈夫、僕がそばにいる」


関節の浮き出た大きな手で頬を包まれ、ヴィタは唇を固く結ぶ。


「僕はうれしかったよ。君の想いは誰にも貶されてはいけない」


目尻にたまった涙を寄せた唇で掬いとる。


「君ほど純粋で、焦がれるものはない。嫉妬でしかないんだ」


それは熱さに溶ける角砂糖。


「誰も君には敵わない。僕にとって君は愛おしいを超えた存在」


上唇にやわらかな感触があたる。


「泣いてもいいよ。……愛してる。僕は君が欲しくてたまらない」

(あぁ、抗えない。それほどまでに彼の誘惑は甘い)


その美しさに魅了され、地上に踏み入れさせてしまった。

美しいものを彫りたいと願い続けたこの手が作り出したのは……罪深き者。

真っ黒に染まった手を知り、ヴィタは涙を流して目を閉じる。


(ずっと逃げなきゃと思ってたのに、捕まっちゃったんだ)


「あなた、悪魔だったのね」


その言葉に答えはなく、まばゆい暁だけがあった。

唇が重なると同時にヴィタの中で時が止まる。

それは天の使いでありながら地に落ち、這いずる生き方をしていた。

手を汚すことなく、人の心に生まれた影にささやくだけ。

果実から溢れ出す密な味に抗うことはもっとも難しい。


『愛おしい妻よ。地を這いずって、ようやく手に入れた』


無邪気に微笑み、野をかける。