アルファの魅惑フェロモン。

 オメガの私には、こんなに危険なものだったんだ。


 今すぐこの音楽室から逃げた方がいい。

 東条くんがいないところまで、猛ダッシュした方がいい。

 私の中に備わっている危険予知の警告ランプが、目が覚めるほど真っ赤に燃えながら点滅しているのに。


 ……ダメだ。

 危機感よりも、こみあげてくる快楽の方が強すぎる。

 視界を塞がれたこの状態で、アルファ様のフェロモンに浸かりたくなってきちゃった。


 脳が何も働かない。

 大嫌いなグランドピアノのことも、もうどうだっていい。


「急にどうした?」

「っ……」

「物欲しそうな顔で俺を見上げて」


 やけに嬉しそうな彼の低音ボイスが、私の羞恥心をくすぐってくる。


「ほら、鍵盤に指を乗せて」


 やっぱり私、おかしくなっているんだ。

 東条くんに命令されただけで、胸が甘く痺れるなんて。


 ――もっと命令して欲しい。

 アルファ様に支配されたい欲求に、溺れそうになっているなんて。