「帰りたいな……教室に……」

 先がわからない恐怖に、ゾゾゾと襲われているから。

 
「ダメだ」

「私が授業を受けていないこと、先生が怪しんでるかもしれないよ」
 
「グダグダ言ってないで、何も考えず俺のアルファフェロモンに浸かっていろ」

「えっ? 何をする気?」


 私の目が、東条くんのネクタイで隠されちゃったんだけど。


「ポニーテール揺らしすぎ」

「なっ、なに?」

「じっとしてろ。後ろで縛れない」


 ネクタイが、私の顔に巻きついてるんだけど。

 ピアノの椅子に座ったまま、何も見えなくなっちゃったんだけど!


「歌夜、そのまま手を伸ばして」

「鍵盤に?」

「ああ」


 もしかして東条くん、私にピアノを弾かせようとしてる?

 ダメだよ。

 音なんて出したら……


「バレちゃうよ、私たちが旧校舎に侵入してること」

「触れるだけでいい。音を奏でる必要はない」

「やらなきゃ……ダメ……かな?」


 ピアノにはさわりたくなくて……

 死ぬまで触れたくなくて……