キスしてよ、罠でもいいから




でも私はあくまで生徒副会長。


フツーに考えて人を殴るという行為をした高校の生徒には注意をした方がいい、のだろうけど。



「ね、俺ワルい生徒だよ?注意しなくていいの?」


注意しなくていいの?なんて。


したくてもできないし、されてもなんともないのがわかって言ってる。

こっちにゆっくり。だけど確実に近づいてくるその人。


名前は、


「高梨、くん。えっと……、」




そのあとの言葉がでてこなかった。

軽薄、だけど重い笑顔にひゅ、と息を飲む。
と思えばこんなことを言ってきた。


「なんだっけ、おまえの名前」


深くかぶったパーカーのフードをとった彼、高梨くん。下の名前は確か''朔夜''くん。
こっちは知っているけど向こうは名前まで知らないみたい。

フードが取れた高梨くんの顔を見るのが怖くて顔が上げられなかったものの、
心の中にゆるい安堵が広まったのも束の間、





「あ、思いだした。おごうみほ、だったけ」


お、おぼえられてる!

思い出さなくて絶対よかったのに。



そのタイミングで顔を上げて彼の顔を見てしまった。

無論それは、終わりの合図に等しい。


夜空に溶け込みそうなほど真っ黒な髪に、三日月型に細めている藍色の目。

雪にも劣らない透き通った白い肌。



その全てが、こちらを抑圧してくる。

悪魔だ、と思った。
こんなに美しいけど、こんなにワルい雰囲気を感じさせるなんて。

''ワルい''ものを''美しい''と思ってしまう自分に矛盾を感じるけど、そう思わずにはいられなかった。



「ねー、みほであってる?」


「……てないです、」


「え?」


「あってないです、人違いです。わたし、えっと、えっと……、橋本美波です!」







絶体絶命の大ピンチだったからか、コンビニ裏の壁に貼ってあったグラビアの女の人の名前を読み上げる。


そのまま高梨くんの顔も見ずに家の方角に猛ダッシュ。


幸い追いかけてくる気配はないみたい。


バレるかもしれないけど、あの状況で私が副会長であることをばらすのはリスクが高すぎた。

だって高梨くんの双子の兄、陽向くんは生徒会長だから。


高貴で気高く優美。
それらを利用する勢いの絶対権力で学校を支配している高梨兄弟。


2人で支配しているんじゃない。

兄の陽向くん率いる生徒会と、
弟の朔夜くん率いるDeft。

2つの勢力に別れて、それぞれが支配している。


だから当然2つの勢力は犬猿の仲。


学校中の人を巻き込んでしまうくらい、


━━━━━━彼らの仲は悪すぎる。






━━━━━━━というのが全部、先日の話。



「それは災難でしたね」


「うう、ほんとだよぉ……」


本当に生きた心地がしなかったんだもん。
蛇に睨まれた蛙のようだった自覚がある。


パソコンから目を離さず私の愚痴を聞いてくれるのは1つ下、高校1年生の日比野なつきちゃん。

1年生なのにも関わらず、我が校生徒会の書記を務めるという優秀っぷり。
メガネをかけていて普段は無表情なんだけど、笑うととてつもなく可愛いことに最近気づいてしまって、男の子に狙われないかと勝手に心配してる。


そんななつきちゃんに私は昨日あったことを話していた。



「そもそもどうして会長は双子の弟さんと仲が悪いのかな。兄弟なんだから仲良くすればいいのに……」


昨日の夜。

朔夜、くんの声と眼差しはとてもじゃないけど家族に向けるようなものではなかった。

それはあの二人の中に大きな角質があることを表していて……、





「ここら辺じゃ中学から有名な話ですよ。高梨兄弟は仲が悪いって。朔夜さんがDeftを作ったせいで高校の生徒も対立しあってるんですから」


わたしは高校入学と同時にこの地域へ引っ越してきたから詳しいことは分からないけど、確かに生徒が二極化しているのは分かった。


生徒会に遵守する人たちとDeft側につく人たち。

なつきちゃんはDeftをよく思っていないみたいでメガネをくい、と持ち上げる。


わたしも生徒副会長だから本当は生徒会長である陽向くん側についた方がいいんだと思うけど……、

なんというか、ちゃんと喋ったこともない朔夜くんを一方的に否定するのも違う気がする。


「うーん、難しいね」

「そうですね。でもあのふたり、小学校のときは━━━━」



「ごめんね、お待たせ。職員会議が長引いちゃって」


そのタイミングで生徒会室の重々しいドアが開いた。



私となつきちゃんはなんとなく目を逸らして「いえ、お疲れ様です」と声をかける。


現れたのは、わが日高高校の生徒会長である高梨陽向(たかなしひなた)くん。


ミルクティー色の綺麗な髪がさら、と揺れた。

陽向くんを見ていたら、なんとなく昨日の情景が蘇る。


そういえば朔夜くん、驚くほどに深い黒の髪色だったなぁ。陽向くんともすごく対照的。

思えば纏っている雰囲気も真逆な気もする。

陽向くんはふんわりした王子様だけど
朔夜くんは見ているだけで跪いてしまうような皇帝様。


「ほんとだよー、先生たちがすげー陽向に任せてさ。特にDeftのやつらのこととか!」


うしろからひょこっと顔を覗かせたのは、生徒会執行委員でお調子者の柴田くん。

でも彼の軽い一言でピリ、と場の空気が凍りついた気がした。


……Deft。


朔夜くん率いる裏の勢力。

噂によるとお金をもらって人を殴るだとか、先生に反抗して辞めさせたりだとか、かなり悪名高い。




だから先生も生徒会長の陽向くんに解決を求めてるんだろう。陽向くんはすごく優秀だし。


「だから早急に解決しなければいけない問題。で、俺がまとめた企画書なんだけど」


ちら、と陽向くんの視線が私を捉えた。


?どうかしたのかな?



「えっと、小郷さんに渡したはずなんだけど……」


「え、あ……」



フラッシュバックする記憶。


そそそそうだ!

私昨日、コンビニに行ったのは陽向くんの作成してくれた書類をコピー、するためだった。

その作成してくれた書類は大事な企画書らしいということしか聞いてなかったけど、今日の会議で使うと言われていたからコピーしておこうとコンビニに行ったんだよね。

それで、朔夜くんに会って……。


……どうしたんだっけ。


ダラダラと出る冷や汗。
ひきつる口元。



「ひ、陽向くんごめんなさい。おうちに忘れちゃった、かもです」




陽向くんが大嫌いである朔夜くんの名前を出したら嫌な空気になってしまうと思い、とっさに嘘をついた。



「そっか。それじゃあ仕方ないね、気にしないで」


ぱああ、と光り輝くような笑顔をこちらに向けてくれる陽向くん。

うう、嘘ついてごめんなさい……。

でも朔夜くんに会ってビックリして落としてきましたなんて口が裂けても言えないよ。



「……前から思ってたけど、会長って小郷先輩には甘いよね。俺らには冷たい笑顔向けてくるのに」


「あ、それ私も思った」


「柴田たちね、1回黙ろうか」


うしろではなつきちゃんと柴田くんがごにょごにょなにかを話してたけど、うまく聞き取れなかった私は陽向くんへの申し訳なさでいっぱいいっぱい。

どこに落としてきちゃったんだろう……、コンビニに行くまでは持っていたはずだし。

となるとやっぱり落としてきたのかな。





私がもんもんとしているうちに、ゆっくりと生徒会長のイスに腰掛けた陽向くん。

こめかみを軽く抑える姿は、疲労が溜まっているように見える。


そういえば企画書、遅くまで頑張って作っていたなぁ。



「ひ、陽向くん。私ちょっと予定思い出したからちょっと抜けます……!」



「え、小郷さん、」

「みほ先輩!?」


心の中が陽向くんへの申し訳なさでいっぱいになって。


びっくりしている生徒会役員の人たちを尻目に、生徒会室を飛び出した。



‧✧̣̇‧



「っ、ない、」


━━━━━30分後。


私は昨日行ったコンビニに行って、陽向くんの企画書を探していた。


裏にあるかなー、なんて期待は甘かったみたい。

全然見つからないんだもん。



陽向くん、前からたくさん頑張ってくれてたのに……、私のせいだ。

なんの企画書かさえ詳しく知らないけど、陽向くんの努力の結晶であることは分かっているからこそ見つけたかった。