「成瀬からの誘いって珍しくね?」



4月1日。

飲みに行こうと誘った私に、岩本はそう言った。



「え、そうかな」

「うん。なんかあった?」

「別に、何もないよ」


はぐらかす私に、まぁいいけど、と答えた岩本。



なんだか勘繰られてる気がして、ドキドキする。


けど、告白するなら今日しかないんだから。

頑張れ私!








振られると分かっていても、やっぱり告白するのには勇気がいるもの。


飲みながらいつも通り話してるつもりでも、頭の中に、この後の告白のことがあって、どこか上の空になってしまう。


そんなこんなであっという間に時間が経ち、ラストオーダーの時間になってしまった。


「どうする?」

「あ…私はいいや」

「そ、じゃ俺もいいや」


そのままお会計をして、お店を出る。



「もう夜でも寒くねーな」

「そうだね。やっと春が来たって感じ」

「なぁ」



他愛ない会話をしながら駅まで向かう。


もうすぐ大通りに出たら人が多くなる。

今しかない。




「ちょっと話があるんだけど」

「ん、なに?」

「うん、まぁ」



立ち止まった私に合わせて、岩本も足を止める。




「やっぱりなんかあった?」

「んー」

「今日ずっと変だったよね」

「え、そう…?」



やばい。

これ以上伸ばすと、言えなくなる。




今日はエイプリルフール。

これは“嘘の告白”なんだから。


本気じゃない。告白の後に、嘘でしたって言うだけ。



心の中で必死に自分に言い聞かせる。




「あのね、」


スッと息を吸う。




「実は、ずっと前から好きでした。私と付き合ってください」




何秒経ったかな。


少しの間があって、「え…まじで?」と岩本の驚く声が耳に届いた。



「ほんとに、ほんと?」

「、うん」


冷静な素振りで頷きながらも、心臓はドキドキうるさい。



これ、いつ“嘘でしたー!”って言えばいいのかな。

ごめんって言われてからだよね?


なんかもう恥ずかしくて取り消したい。




「まじかぁ…」

なかなか答えない岩本。



「あの、」

「成瀬」

「はい」

「ごめん。全然気づかなくて」



ズキッ。


待ってた“ごめん”が来たのに、やっぱり胸は痛む。




「ううん、いいの。…だって」

「俺も成瀬が好き」




“だって嘘だから”


そう言いかけた私の声に重なって、信じられない言葉が耳に届いた。




「…え?」

「成瀬は俺のこと、ただの同期としてしか見てないと思ってた。びっくりしたよ、まさか両想いだったなんて」



予想してなかった返答に焦る。



ちょっと待って。

どういうこと?



「なんで黙ってんだよ」

「……冗談、なんでしょ?」

「え?」

「いつもの冗談なんだよね?」

「違うよ!違う、本気」


岩本が急に必死になる。



「、だとしても、今日エイプリルフールだし」

「え…まさかお前、嘘だってこと?」

「ち、違う、嘘じゃない!あ、いや、じゃなくて…その…」



どうしよう。

まさかこんな展開になると思ってなかった。


ほんとに、岩本は私のこと…。




「成瀬」


一人パニックになっていると、岩本に名前を呼ばれて。

目を上げると、真剣な瞳とぶつかった。




「嘘でも冗談でもなく、俺は成瀬が好きだ」

「…っ」

「成瀬は?」

「私は…」





「私は、岩本のことが好き」





“嘘の告白”としてではなく、やっと吐き出せた、本当の気持ち。


それを聞いた岩本は、嬉しそうに笑った。




「てかさ、エイプリルフールとか言って、告白を嘘にしようとしてたの?」

「っ、だって、振られると思ってたから…」

「まじかよ。言っとくけど、元カノと別れたのだって、お前のこと好きになったからなんだからな」

「えっうそ……。岩本の方こそ、私のこと同期としてしか見てないと思ってた」

「じゃあお互い様じゃん」

「だね」






めでたく、“ちょっと仲の良い同期”から“彼女”になった帰り道。



「そういえばさ、あれ付けるのやめたの?」

「あれ?」

「うん」


岩本が自分の頭の右側をとんと叩く。



「あ……誰かさんがいじるからやめたんだよ」


ちょっとすねてみる。



「え、まじごめん」

「ほんとにひどかったよ、あれは」

「俺さぁ、反対のことしか言えない人間なんだよ」

「なにそれ、どういうこと」

「いやだから…」




「似合ってたから、また付けてきて」



照れ臭げな姿に、キュンとする。



「……、どうしよっかなぁ」

「え、おい」

「ふふ、うん。付けてくる」



エイプリルフールのおかげで、素直になれた二人でした。