(椿くんへの気持ちは、好きが大きい。でもそれだけじゃなくて、感謝の気持ちもたくさんある)
助けてもらったこと。勇気付けてくれたこと。背中を押してくれたこと。
一緒に過ごした日々は、愛華にとって宝物だった。
(恋をしてよかった。恋をしたのが、あなたでよかった。
演奏が終わって、何もかもが終わったとしても。きっと私は前を向いて歩いていける。椿くんからもらった強さがあれば平気。進んでいける、絶対に)
最後の一音が音楽室に響き渡って、愛華は椿へと顔を向ける。
椿がまたぱちぱちと拍手をして、愛華のミニ演奏会の終わりを告げた。
「すげーかっこよかった!愛華さん、ほんとピアノ上手だなー」
クラシックや音楽の知識のない椿は、きっとどんな演奏でも褒めてくれそうなものだが、その絶賛ぷりが愛華は少し照れくさい。
「聴いてくれて、ありがとう」
「こちらこそ、聴かせてくれてありがとな」
にこっと笑う椿の顔はやっぱりいつも通りで、愛華が憧れ始めた時と変わらない、見ているこっちすら笑顔にしてしまうような明るさがあった。
「この曲ってどんな曲なの?」と椿が訊いてきたので、曲の解釈やら、当時の情景やらを簡単に説明する。それから少しピアノについて話して、切りが良くなったところでまた椿が「あ、そうだ」と思い出したように話題を振る。
「愛華さん、これ」
そう言って椿がブレザーのポケットから出してきたのは、抹茶味の小さな四角いチョコレートだった。
「あ、それ…」
それは以前、定期テストの勉強でD組を訪れた時。椿の席を借り、こっそりと机の中に入れておいたお菓子だった。
「これめっちゃはまっちゃってさー、うまいなーこのチョコ」
椿はそれを愛華に手渡しながら、自分も口に放り込む。
「愛華さんでしょ?俺の机の中に入れてくれたの。この前も生チョコくれてたし」
「あ、うん。勝手にごめんね…喜んでもらえたなら良かった」
「抹茶味のお菓子ってあんまり食べたことなかったんだけど、美味しいなー。結構好きかも」
もぐもぐと美味しそうにチョコを食べる椿を見ながら、愛華は思った。
(このまま私のことも、好きになってくれたらいいのに…)
お菓子みたいにうまくいかないことくらい分かっていても、やっぱりそう思わずにはいられなかった。