「そんなにかしこまらなくていいのだよ。エリーヌ殿に侯爵殿下などと呼ばれるのもむず痒いからやめてくれるかな? いつものようにダリル様と呼んでくれないか。エリーヌ殿にそう呼ばれると、なんともいえずいい心地なのだよ」


宮殿という背筋が伸びる場所のため、つい形式ばった呼び方をするエリーヌにダリルが懇願する。


「まぁそうなんですか? では遠慮なくそうさせていただきますわ、ダリル様」
「〝ダリル様〟……やはりいいものだねえ」


ダリルが満足そうに目を細める。


「ダリル殿、顔の締まりがございませんぞ。お堅い研究者が形なしですな」
「まぁそう言わないでくれ。エリーヌ殿と話していると、やはり持つべきは娘だとしみじみ感じるよ」
「ダリル殿には立派なご子息がいらっしゃるではないか。贅沢を言うものではないですぞ」


エドガーが軽くとりなすと、ダリルは「まぁそうではあるがな」とせり出したお腹をさすった。

ダリルの息子はふたりとも財務省に所属している。政治にも精通しており、将来を嘱望されているのだとか。
ふと執務机の窓の外の景色が目に入る。広大な敷地が遠くまで見渡せ、ずいぶん高いところまで上がってきたのだと実感した。