眠りから覚めると昼だった。
 メグの計らいで体調不良ということになっていて、今日の予定は全てキャンセルだ。

 自室で軽食を食べたシュゼットは、エリックに手渡された未完成の原稿を布袋に入れて図書室にやってきていた。

 エリック・ダーエの自筆原稿――しかも出版前のものを持っていると知られたら、メグは絶対に読みたがる。
 だが、エリックはシシィ以外の人間に読まれたくないだろう。

 図書室は宮殿の奥まった場所にある。
 並んだ革張りの書物の数々は王族のためのものだが、アンドレもミランダも本には興味がないらしく人気はなかった。

 シュゼットは二時間ぐらいしたら迎えに来てほしいとメグにお願いして、書見台に腰かけた。
 彼女が廊下に出たのを確認して原稿を取り出し、すぐに読みだす。

「……これは……」

 キャラクターと舞台設定に見覚えがある。
 恐らく、前王と王太后をモデルに描かれた宮廷小説だ。

 国一番の美貌と謳われた田舎令嬢が王家主催の夜会で国王に見初められる。
 懐妊が告げられて王妃になるも、誤診だったと宣告されて国王との仲は冷え――。

 筆はそこで止まっていた。

「史実を元にしているから宮廷録が必要だったんですね」

 書けないのは、ここから先が紛失した年代の宮廷録の内容だからだろう。
 早く見つけて渡さないと。

 シュゼットが何とかして実家に一時帰宅しようと考えていたら、ギイと音を立てて扉が開いた。

 現れたのはラウルだった。
 かき上げた金髪と眉間に刻まれた深い皺、鋭い目つきから放たれる殺気は、心が優しい人だと分かっていても恐ろしい。

(ですが、怯えるのは失礼です)

 シュゼットはとっさに原稿を袋で隠し、王妃らしい余裕で彼を出迎えた。

「ごきげんよう、ラウル殿」