すすり泣くリシャールに、シュゼットは同情の視線を送った。

『哀れそうに見ないでちょうだい。この子だってやればできるのよ。今日のテーブル花はこの子が育てた薔薇だって知ってた?』
「この薔薇が……」

 呟くと、リシャールがはっとした様子で顔をあげた。
 シュゼットが物と話せるのは秘密なので、慌てずに話をつなぐ。

「このお花、とっても綺麗だと思っていました。リシャール様がお育てになったんでしょう?」

 陶器の花瓶に生けられたオールドローズは大ぶりな花がカップのように丸く咲いている。

 薔薇は育てるのが難しい花だ。
 水はけのよい土に植えないとすぐ病気になるし、肥料の上げすぎもよくない。
 愛情込めて手入れしなければ、こんなに見事は花にはならないのである。

 リシャールは、土いじりで荒れた指先を隠しながらおどおどと答える。

「は、はい……。宮殿の庭園にある、お母様が遺した薔薇の手入れを続けているんです。で、でも僕では上手に咲かせられなくて……ラウルに植物の本を借りて勉強しています」

「お勉強熱心なんですね。落ち着いたら、一緒に別室にまいりましょう」

 ハンカチを取り出してリシャールの涙をぬぐう。
 リシャールは、シュゼットを信じていいかどうか悩むような顔つきで、されるがままになっていた。

(無理もありません。自分を苦しめた兄の妻ですから)

 その日は、それ以上の会話は続かなかった。
 けれど、怯えたリシャールの姿と、アンドレとミランダが彼を虐めていたという話は、シュゼットの脳裏にはっきりと刻まれた。