店主は片方の頬をくしゃっとさせる独特な笑い方で部屋を去っていった。
 扉がパタンと閉まる。
 シュゼットとエリックのきょとんと顔を見合わせて、お互いに苦笑いした。

「すまない。店主には後で言っておく」
「いいえ。ダーエ先生の恋人に見られたのは光栄です。私なんて既婚者なのに」
「ずいぶんと早い結婚だったんだな。相手とは恋愛で?」
「いいえ。親が決めた結婚でした。年も離れていますし、性格もあわなかったのですが、取りやめできなかったんです」

 からりと打ち明けたつもりだったが、エリックは沈痛な表情に変わった。
 ケーキに差し入れたフォークに力が入って、カツンと皿にぶつかる。

「……望まない結婚なら中止にするべきだ。俺の友人は政略結婚したんだが、新婦が気に入らないと逃げ回っているんだ。俺は、そいつに結婚を勧めたことをすごく後悔している」

 ふるふると震える彼を見ていられなくて、シュゼットはそっと腕に触れた。

「この話は止めましょう。せっかくここまで来たので、先生が好きなケーキを幸せな気持ちで味わいたいです」

 シュゼットが微笑みかけると、エリックは憑き物が落ちたように脱力した。

「すまない。今を楽しもう」
「はい」

 砂がすべて落ちたのでカップに紅茶を注ぐ。
 スフレケーキはお月様のようにまんまるで、天辺にオレンジのスライスがのっていた。
 フォークを差し入れるが、生地が雲みたいに柔らかい。
 一口分をすくうように持ち上げて、ぱくりと食べる。

「おいしい!」

 シュゼットは、ぱっと顔色を明るくした。

 蜂蜜風味のケーキは、舌にのった瞬間にしゅわっと溶けていった。
 小食ですぐにお腹がいっぱいになってしまうシュゼットだが、これならたくさん食べられそうだ。

 おいしいおいしいと食べ進めていたら、エリックがクスクスと笑った。

「君は素直だな。足りなければおかわりも注文しよう。俺がおごる」
「それはいけません。私の分は、私が払います」

 このために、シュゼットは現金を持ってきていた。
 実家にいた頃、カルロッタの服のポケットから出てきた小銭を集めていたのだ。
 だが、エリックは頑なだった。

「感想を伝えに来てくれた読者に財布を出させたら、店主に笑い者にされる。ここは俺が持つよ。新刊はどうだった?」

「とても面白かったです!」