家に戻るおばさんにお礼を言って、シュゼットは二階につながる外階段を上っていった。

 ガラスのはまった戸を開くと、ふわっと蜂蜜の匂いがした。
 ランプが灯った室内には、美しいカップとソーサーを並べた飾り棚と年季の入ったカウンターがあり、おすすめ品らしい蜂蜜のスフレケーキがガラスのカバー越しに見えた。

 カウンターのなかでパイプをくわえていた白髪の老人が、店主のおじいさんのようだ。

「いらっしゃい」
「こ、こんにちは」

 店内を見回すが、他に客はいないようだ。

(ダーエ先生もいないですね)

 人気の小説家なので、忙しくて来られない日だってあるだろう。
 間が悪い自分に落ち込むけれど、せっかく宮殿の外に出たのだからお茶くらいはしていこう。

「紅茶とスフレケーキを一人前お願いします」
「はいよ。席は自由だ。奥の方にはソファ席もある。そこの本棚の本は好きに読んでいい」
「では、そちらの席にします」

 シュゼットは店内を通り抜けて、ソファ席があるという別室への扉を開けた。

(あ……)

 濃紺のベルベッドが張られた一人がけのソファに、エリックが座っていた。
 もの憂げな横顔も、カップに口をつける何気ない仕草も、彼を形作る全てが美しい。

 まるで恋愛小説に出てくる貴公子みたいで、シュゼットは見とれてしまった。
 戸を開いたまま動かないでいたら、肩越しに店主が声をかけてきた。

「あんたに惚れちまったみたいだな。何とかしてくれよ、ダーエさん」

 呼ばれてこちらを見たエリックは、シュゼットに気づくなり破顔した。

「……来てくれたんだな」