「読みます。ダーエ先生の作品が特に好きですが、恋愛小説と名の付くものでしたら何でも」

 エリック・ダーエは宮廷を舞台にした恋愛模様の名手だ。
 巷では恋愛小説が流行っていて、町娘と貴公子の物語が得意な作家や、貴族令嬢が婚約者の紳士と中身が入れ替わってしまうようなイロモノばかり書く作家もいる。

「少し前に読んだ恋愛小説がとても面白かったです。家の都合で男装して宮廷にあがった令嬢が、国王に見初められてしまう物語で――」

「俺だけではだめか?」

 低くつぶやいたラウルに、シュゼットは目を丸くした。
 国王補佐の仕事に打ち込んでいる時みたいに目を細めているけれど、口元に力を入れてむっとした表情は、普段の落ち着きはらった彼らしくない子どもっぽさで。

(ラウル様、すねていらっしゃる?)

 こんな姿を見るのは初めてだ。

 驚くシュゼットの頬に、ラウルは大きな手のひらを当てた。
 見つめてくる瞳から、じりじりとした独占欲を感じる。

「他の作家に君が心を動かされるのは我慢ならない。俺だけ愛してくれないか」
「わ、私が愛しているのはエリック・ダーエ先生だけです!」

 真っ赤になって告げれば、ラウルは満足そうに微笑んだ。

「次の本は君のために書くよ。姉のおさがりを押し付けられていた侯爵令嬢が、夫になった悪王の補佐と恋に落ちる物語だ」
「それは、まるで……」

 私のことのようです。
 そう言いそうになった唇はラウルに塞がれてしまった。

 強引なキスは恋愛小説よりずっと素敵で、シュゼットは胸の高鳴りを感じながらうっとりと目を閉じた。