ラウルは居間を出て、スティルルームに向かった。
 紅茶を入れたりお茶菓子を準備する部屋で、専属のメイドが働いている。

 ちょうどティーワゴンを押してきた中年のメイドは、ラウルを見つけて破顔した。

「これからお部屋に向かおうと思っていたんですよ。喫茶店のご店主が、お祝いのケーキを持ってきてくださったので」

 ワゴンには、例の偏屈な店主がやっている喫茶店の名物・スフレケーキが二皿あった。

 長年生きていると観察眼が磨かれるのか、店主はエリック・ダーエの正体がラウル・ルフェーブルだということも、ラウルが元王妃シュゼットを迎えいれる用意を整えたこともお見通しだった。

 ケーキはそのお祝いだろう。

「店主に令状を書いておこう。シュゼットもそのケーキが好きなんだ」

 ラウルはメイドと並んで居間に引き返した。
 途中ですれ違う使用人たちも、シュゼットがどんな女性か見たいとわくわくした様子で話しかけてくる。

 これだけ歓迎されていると、どうしたらシュゼットはわかってくれるだろう。

 居間のドアをそっと開ける。
 中からシュゼットの声が聞こえてきて、ラウルはドアを途中で止めた。

「――どうしたらルフェーブル公爵家の皆さまと仲良くなれるでしょうか?」

 シュゼットが問いかける声だった。
 しかし居間には彼女以外の誰もいない。

 話しかけた相手は居間にあるピアノのようだ。
 シュゼットは、ラウルには聞こえない声に熱心に返事をした。

「皆さんおしゃべりなので、できるだけ話をすること……はい、はい。私もお話をするのは好きなのでやってみます。教えてくださってありがとうございました」

 律儀に一礼するシュゼットを見て、ラウルは口元で微笑んだ。

(こんなに懸命な人を、誰が嫌いになれるというんだ)