「!」

 馬車の扉に手をかけようとしたところで、馬の陰から人影が現れた。

 稲穂のように鮮やかな金色の髪と宝石をはめ込んだような碧眼は、まるで小説の中から現れたヒーローのようだ。
 腕には原稿用紙を抱えていて、身につけた騎士服の袖はインク汚れがついている。

「ラウル様、どうしてここに……」

 信じられない様子のシュゼットに、ラウルはほっとしたような表情になった。
 すかさず扉に手をついて、客車に乗り込めなくされる。

「父上では引き留められなかったようだが、間に合ってよかった」
「お別れをしに来てくださったのですね」

 黙って去りたかったが、ラウルは律儀な人だ。
 仕事を抜け出してシュゼットを見送りに来たのだろう。

 シュゼットは両手を重ねて頭を下げた。

「ありがとうございます。あなたのおかげで私は自由になれました」

 酷い両親と姉。
 つらい結婚生活。
 傷跡を持つ負い目。
 おさがり姫というあだ名。

 シュゼットを苦しめていた全てを乗り越えられたのは、ラウルが力を尽くしてくれたからだ。

「私は今日で王都を去りますが、どうかお元気で」

 悲しそうな笑みを見せられて、ラウルは真顔になった。
 馬車に当てた手をぎりっと握りしめて、声を張る。

「君は、恋を叶えたくないのか?」
「え?」

 きょとんとするシュゼットの前に、ラウルは抱えていた原稿用紙を差し出した。

「俺は諦めない。この国中、敵に回しても君を手に入れると決めた」