シュゼットは革張りの表紙を撫でた。

「おじいさまは、宮廷録が焼き払われるのをよく思っていなかったようです。いつかジュディチェルリ家で保管されている写しも同じ目にあうかもしれないと、隠し部屋へ移したのでしょう」

「そうか……。君のおかげで謎が解けた」

 ラウルはシュゼットの両手を取った。

「勇気を出して打ち明けてくれてありがとう」
「感謝されるようなことでは……」

 彼が姉の婚約者だったことが頭にチラついて、シュゼットは反射的に彼から離れようとした。

 その仕草に、ラウルは傷ついた顔になる。

「君が俺を避けるようになったのは、カルロッタのせいか。〝おさがり姫〟と呼ばれていたようだが……」

 もう言い逃れはできない。
 シュゼットはわななく唇を開いた。

「それは、お姉様のおさがりで生きてきた私に、ジュディチェルリ家のみんなが付けたあだ名です。私はあの家で、使用人以下の扱いを受けていました」

 ジュディチェルリ侯爵家の妹令嬢でありながら、シュゼットは屋根裏に住み、家族がいる部屋に入ることは許されず、食事も用意されなかった。

 気味の悪い子どもとして虐げられる日々は今思い出しても陰鬱だ。

「だから、国王陛下と結婚して家を出られる日を心待ちにしていたんです。結婚したらもっと不幸な目にあうとは思いませんでした」

 夫が訪れない夜を数えるたび、シュゼットの胸には見えないナイフが差し込まれた。

 悪いのは自分だと思い込んで、さらに傷つく日々を重ねて、やっと愛する人に出会えたと、そう思ったのに。

「やっと見つけたあなたも、お姉様のものだったなんて……」

 シュゼットの瞳から、涙がこぼれ落ちた。

 辛い人生の中で、誰のものでもないラウルとの出会いが救いだった。
 けれど、彼もまた、シュゼットより先にカルロッタと繋がっていた。

(どこに行っても、誰といても、お姉さまの影からは逃れられないのでしょうか)

 両手で顔を覆うシュゼットの肩を、ラウルは両手で掴んだ。

「聞いてくれ。俺とカルロッタが婚約していたのは一年足らずの間だった。いずれ結婚する君と国王を支えるための政略結婚だったが、俺の方から破談にした。カルロッタのように奔放な女性には興味がなかったし、彼女の方も俺が堅物だと気づくと挨拶さえしなくなった」

 抱きしめたことも、エスコートしたことさえない。
 ラウルは力強くそう言った。

「本当に?」

 そろりと顔を上げたシュゼットに、深く頷く。

「君が、一時でもカルロッタと関わりのあった俺を嫌いだというならそれでかまわない。それでも、俺は君を自由にしてみせる」

「自由……」

 ラウルの言うそれがどんなものか、生まれてからずっとカルロッタの下にいたシュゼットには分からなかった。