舞踏会の夜、シュゼットとのキスを目撃されたラウルは、これで自分は国王補佐を外されると思った。
 王太后ミランダが証言すれば、王妃の不義はまたたく間に社交界に広がるだろう。

 しかし、あれから一週間が経っても身の回りに変化はない。
 宮殿で働く貴族たちも、噂好きの侍女たちも何も知らないようだ。

 ミランダが暮らす別邸の方を探ってみたが、そちらの使用人たちも変わらずである。

(王太后様は、なぜ誰にも話さないんだ)

 シュゼットをいびっていた彼女だったら、この機会を見逃さずに虐めぬくと思ったのに……。

「ラウル様」

 バルドに話しかけられて、ラウルは現実に引き戻された。
 扉から中途半端に顔を出して、従者が眉を下げている。

 執務もだいぶ片付いた午後、もうすぐ待ち人が来るので彼には面会室の準備をしてもらっていた。

「どうした?」
「そのう、王妃様がいらっしゃっています」
「何?」

 ラウルは急ぎ足で廊下に出た。
 そこにいたのは短いベールで顔を隠したシュゼットだった。

 会う約束はしていない。
 彼女がわざわざここまで来たのは、何かあったに違いない。

 ラウルはバルドに頷いて、彼女だけを執務室に引き入れた。

「何かあったのか? 俺とのことで、王太后様にいびられたとか」
「何もありません。ないから、おかしいと思っているんです」