知らなかったシュゼットは、目を見開いてラウルを見た。
 彼は、ばつが悪そうな表情で目を伏せる。

「昔の話だ」
「そんな……」

 昔とはいつ頃なのだろう。
 ラウルとカルロッタはどんな関係だったのだろう。
 姉ともさっきのようなキスをしたのだろうか。

 そう考えたら、胸が締め付けられた。

 カルロッタは巻き下ろした髪を手で払って、わざとらしくシュゼットを憐れんだ。

「本当に馬鹿な子だわ。もう二度とあたしを出し抜けたと思わないことね。あんたは王妃になってもみじめな〝おさがり姫〟のままなのよ」

 衝撃を受けるシュゼットを置き去りにして、カルロッタは部屋を出て行った。

 ミランダは凍り付いた表情でシュゼットを見つめている。

 もはや手遅れだと思いつつ、ラウルはかしずいてミランダに希った。

「王太后様、王妃様をお責めにならないでください。悪いのはこの私です」
「…………」

 何も言わずにミランダは控室を出て行った。
 普段の彼女らしくない、陰鬱な空気を引きずって。

「……心配はいらない。何があっても、俺が君を守る」
「いやっ」

 立ち上がって抱きしめてくるラウルの腕を、シュゼットは思わず振り払っていた。
 この手で、カルロッタを抱きしめたことがあると思ったら、もうだめだった。

 嫌悪感に吐きそうになるシュゼットを、ラウルは驚いた顔で見つめてくる。

「シュゼット?」
「すみません。少し、時間をください……」

 シュゼットはラウルを愛している。
 一方で、彼を愛してしまったら、永遠にカルロッタに捕らわれ続けるという絶望が抜けない。

(私は、彼を愛していいのでしょうか)

 答えが出ない。
 とにかく今は、一人になりたい。

 シュゼットの気持ちを察して、ラウルは帰りの馬車の手配をしてくれた。
 暗い馬車に揺られながら帰り着いた宮殿で、シュゼットは眠れぬ夜を過ごしたのだった。