その声は怒りで震えていた。
 舞踏会の一曲目に、国王が別の女性と踊るということは、暗に王妃にはもう興味がないと言っているに等しい。
 シュゼットは、大勢の前で踏みにじられたのだ。

 アンドレの仕打ちは、ラウルの想像を超えたものだったに違いない。
 だからこそ彼は、こんなにも震えている。

「どうして君がこんな目にあわなければいけない。こんなにも素晴らしい女性なのに、どうして大切にしない……!」

「あなたは、陛下を止めに来たのでは?」
「あんな馬鹿、もう知るものか!」

 ラウルはそう言って、力なくもたれかかるシュゼットに頬をすり寄せた。

「すまない。君を傷つけるために結婚させたわけではないんだ……」

 小さな懺悔を聞きながら、シュゼットはそっと目を閉じた。

 ラウルは、アンドレを止めるためにここに来たのではない。シュゼットが傷ついていると思って馬を走らせてくれたのだ。

(どうしましょう。嬉しいです……)

 シュゼットは再び涙をこぼした。
 ついさっきまでの悲痛な表情ではなく、実に幸せそうな顔つきで。

「心配してくれてありがとうございます。私は平気です」
「そんな強がりは言わなくていい」
「強がりではありません」

 シュゼットは目蓋を開けた。
 ラウルを見上げて、平らな頬に、涙で濡れた指先をすべらせる。

「私は、あなたがそばにいてくれるなら何があっても耐えられます。たとえ結ばれなくても、あなたが幸せでいてくれるならそれで十分なんです。大好きです」

 泣き笑いの不思議な表情で言うと、ラウルは目を見開いた。
 そして、感極まった様子でシュゼットの後頭部に手を当てる。

「俺だって、同じ気持ちだ」
「んっ」

 ラウルが噛みつくように口づけてきた。
 冷静沈着な彼らしくない、焦りを感じさせるキスだった。柔らかな感触を味わう暇もなく何度も何度も角度を変えられて、シュゼットの頭がぼうっとする。

(抵抗しなくては)

 でも、体に力が入らなかった。
 愛した人に触れられて、激しく求められる喜びに抗えない。
 気づけば彼の首に腕を回して、もっともっととねだるようにキスにひたった。

 たぶんシュゼットは、ずっとラウルとこうしたかった。
 言葉だけではなくて、彼に愛されている証が欲しかった。

 人は、愛しただけでは満たされない生き物なのだ。
 選び選ばれて、熱を与えあって、やっと安心できる。

(私、あなたと出会えて幸せです……)

 たとえ恋人にはなれなくても、一時の衝動に過ぎなくても、こんなに胸を熱くするキスをしてもらえているのだから――。

 突然、キイと扉が開く音がした。

 ばっと振り向いた二人は、扉の向こうに意地悪な顔つきのカルロッタと、扇を握りしめたミランダを見て戦慄する。

「お姉さま……」