愛していると告げたラウルに、彼女は「私も」と答えてくれた。
 あのまま、宮殿からさらって駆け落ちする道もあった。

 そうしなかったのは、彼女がそれを望んでいないと分かっていたからだ。

(俺では彼女を助け出せないのか?)

 小説のヒーローであれば、どんな苦境に立たされようとも困難な状況を切り抜けてヒロインを幸せにする。

 ラウルは、幸せな結末を書くのは得意だ。
 死に別れる筋の話でも、必ず二人の心は結ばれて終わる。

 エリック・ダーエとして執筆する時は容易に解決策を思いつくのに……。

(俺とシュゼットの関係に、幸福な出口はない)

 片や王妃、片や国王補佐。
 シュゼットは夫がいて、ラウルはその夫に従っている。
 さらに悪いことに、彼女の夫は国王だ。

 フィルマン王国では、国王を謀った者はもれなく重罰が与えられる。

 ラウルはシュゼットと結ばれるためならこの身を裂かれたって叶わない。
 しかし、シュゼットにも同じ責を背負わせたくない。たとえラウルが誘惑したことにしても、彼女も同罪に処されてしまう。

 もしも、シュゼットがアンドレと結婚する前に、ベールに隠れた素顔をラウルが知れたなら、奪い去っていたのに――。

(もしもの話をするな。そんなこと、腹の足しにもならない)

 ラウルは無言で宮廷録のページをめくっていく。

 こうなるとてこでも動かないので、バルドは近くの椅子に腰かけて、一人きりのティータイムを楽しむことにした。

「……おかしいな」

 バルドがお菓子をむさぼる音すら聞こえないほど集中していたラウルは、とある記述に引っかかった。

 口のはしにチョコレートを付けたバルドは、乙女のように小首を傾げる。

「何がおかしいんですか?」
「王太后の懐妊と出産の時期が合わない」