王妃と国王補佐が何度も密会して、誰にも見つからないはずがない。

 この関係は裏切りだ。
 露見すれば、宮殿内だけでなく政治の分野まで混乱を引き起こし、民にまで影響を及ぼす。

 シュゼットがどれだけラウルを恋しく想い、ラウルがシュゼットを救いたいと思っていても、関係を続けることはできない。

 シュゼットは、ベール越しにラウルの顔を見上げた。

「私には王妃としての責任があります。あなたと個人的に合うのは今日限りです。手紙のやり取りも、もう二度としません」

 毅然とした態度で伝えると、ラウルは辛そうに顔をしかめた。

「……それが、君の願いなのか?」

 違う。
 シュゼットは、これからもラウルといたい。
 手紙をやり取りして、たまに喫茶店で会って、秘密の恋人みたいな温い空気に溺れていたい。

(でも、できません)

 ラウルを愛しているから。彼を守りたいから。
 シュゼットは、本音を押し隠して微笑む。

「はい」

 はっきりした拒絶に、ラウルは唇を震えさせた。

「分かった。だが、最後に一つだけ言わせてくれ……」

 うるんだ瞳から、こらえきれなかった涙があふれた。
 頬を流れた雫は、ぽたっと床に落ちて広がる。

「俺は、君を愛していた。これからも、誰といても、君だけを想い続ける」
「っ」

 ぽろりとシュゼットの目からも涙が落ちた。

「私もあなたを愛しています。永遠に、あなただけを……」

 二人はお互いに見つめ合いながら、決して近づこうとしなかった。

 こんなに近い場所にいて、愛し合っているのに、結ばれてはならない関係。

 もしも結婚する前に、本来の姿で二人が出会えていたら、きっとこんな不幸な結末は迎えなかった。

「さようなら、シュゼット」

 ボロボロと泣くシュゼットを置いて、ラウルは踵を返した。

 扉が閉まる音が響く部屋で、シュゼットは床に崩れ落ちる。

「……私は、どうして王妃なのでしょう」

 別れを告げたばかりなのに、もうラウルが恋しかった。

 ラウルは、おさがり姫と揶揄される人生を受け入れてきたシュゼットが、初めて自力で手に入れたいと願った人だった。

 エリック・ダーエの小説なら、初恋は必ず叶うものなのに――。

「馬鹿ですね、私は」

 シュゼットは愚かな自分を嘲笑った。

 これは小説じゃない。
 現実はいつだって非情で残酷なのだ。

 シュゼットの初めての恋は、当たり前のように終わってしまった。